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 を見る。

 なんともぱっとしないタイトルだが、アカデミー賞外国語賞なので信じていいのではないかと思って見た。
 この前の受賞作『みなさんさようなら』もたいしたもんだったし、かなり見る目があるというか、私好みのものが選ばれる賞。
 
 物語は28年前の事故で四肢が不自由になり、自由になるのは首から上だけ、という男が「もう死にたい」と言い出し、それを巡る人々・・という話。
 というわけで主人公は寝たきりで、映画は男のベッドの周りで進んでいくのだが、気の利いたカメラがまったく飽きさせることなく、きちんと見せる。
 登場人物達も、特に美男美女とかってわけではないのだけど、佇まいがもう「私はこの映画に出ることができてよかった、そして、この映画作りに参加できてとてもうれしい」という感じがひしひしと伝わってくる。
 誰も彼もすがすがしくいとおしい。
 そして、なにより、その閉塞感に満ちた寝たきりの部屋からカメラが外に出た瞬間の解放感の見事さといったら。
 映画でしかできないすばらしい時間となっている。
 なにげない外の風景のショットの積み重ねなんだけど、そのすべてが新鮮で驚きにみちてて素敵なモンタージュとなっている。
 脚本もまた過不足なくきちんと人間を造形しているし、私にはよくわからないが、きちんと教会というものと対立、対決している部分まで描いているのはたいしたものだと思う。これはいろいろ言われたんじゃないかなあ。
 でも、それでも・・という意志がこの映画を貫いているあたりが、もうなんとも。
 
 こういう映画に出会うと、やっぱり見なきゃなあ、と思う。
 
 普段なんの意志もなく「こんな感じでどうでしょう」と作られた映画を見終えた時に「もうなに見てもだいたいこんな感じで一緒なんだろう? なんでこれに時間使っちゃったんだろう、もう映画見なくてもいいんじゃないかなあ・・」って後悔しきりだけど、それでも、こういうのがあるからなあ。
 
 意志を持ってこういう作品を作っているチームがいるということに励まされる。
 意志を持って作品を一人で作り続ける人は世の中にいっぱいいるだろうけど、それがチームであることに憧れる。
 一人ではできないことをチームでやっている。
「これっていいよね、これはやるべきだよね」って集まった人たちが、それぞれできることをきちんとやっている、それがうらやましい。
 
 でも、私も10x50KINNGDOMというチームがあるのだから、そんな人のことをうらやましがっていないで、やればいいんだけどね。

 ってやりますけどね。
 
 というドキュメンタリーを見る。
 
 TUTAYAの半額デーが今日までだったので、たまにはまあ、こういうのもいいかなと思って借りてきた。
 リーリンチェイが登場した、というか映ったのは冒頭の1、2分くらい。その後はリーリンチェイの兄弟子と取材の女性記者(でも、一応、武術の心得はあったりする)の二人が、少林寺を訪ねたり、数々の演武を披露したりするのが、延々と50分以上続く。
 
 元々、中国武術は好きなので、演武を眺めているのは楽しかったりする。
 中国語圏を旅するとたいてい、海賊版CDDVD屋さんに寄って片隅で売っている中国拳法の演武のVCDを何枚か買ってくる。
 4、5枚買っても千円もしない。
 野原でひたすら、棒を振るったりしているだけのビデオなんだけどね。

 だからまあ、興味はつきないで見ていられるんだけど、これって『リーリンチェイの足跡』ってタイトルだったんじゃなかったっけ? と途中で気づいた。
 確かに、まったく『足跡』じゃないかっていうとそうでもないあたりがねえ。
 もともと、少林寺の人ではあるわけだからさ。
 
 でも、三節根の演武を見ることができて良かった、と思っていたら、なんと1時間を過ぎたあたりでようやく、若き日のリーリンチェイが出てきて、彼が三節根を使っているところを見てびっくり。
 
 早い!
 それまでの演武の誰よりも早い。
 圧倒的に早い。

 でも、なんだろう、三節根を使っているというよりも、ヌンチャクの演武と棒術の演武を混ぜたような動きで、三節根らしさはあまりなかった。
 やはり剣とか持った相手がいないと、なにがどうすごいのかよくわからん。
 そして、このドキュメンタリーはなんと85分で終わってしまった。
 ジェットリーが出てきたのはいったい何分だったのか?
 まあいい、どっかで「そんなんじゃないか」と思って借りたのも事実だ。

 を見る。
 実はこれを見る前に『頭の中の消しゴム』を20分くらい見ていたのだけれど、カメラがどうしても生理的にあわずに、やめてしまった。
 その後、これを見始めたせいもあるかもしれないけど、こっちはきちんと私の生理に合う『映画』になってるんだよなあ。
 なにがちがうんだろう?
 カメラが違うっていうのが一番大きいんだけど、なんであんなカメラになったのか、というのがわからない。
 
 まあいいや。
 
 『美しき野獣』アクションが全体的にとても古くて可愛らしい。
 見始めた時は「なんで今さら、こんなアクションやってんだろう?」って思ったけど、見進むにしたがって「ああ、これでいいんだ、これじゃなきゃダメなんだ」と思うようになる。
 奇抜さや、目新しいアクションでもって展開していたら、せっかくの物語の無骨さが、なくなってしまう。

 例によって寝転がって見ていたのだが、途中、ガバッ! と、起きあがって「おーいけ!」と叫ぶこと三回。
 なかなかの映画。

 『インファナルアフェア』的に続けばいいのに、と思った。
 もしかしたらもう考えているかもしれないし、そもそも、そのつもりなのかもしれないけど、だとしたら、あの最後はもったいない。
 法に叫ぶなら最後は法ですよ。

 劇団のミーティング。
 オルガが早めにやってきたので、ラフランスを剥いたり、リンゴを剥いたりしてもてなす。
 来年の年間計画がだいたい出そろう。
 こんなに先のことまで決めて進めることはあまりないのだが、劇団であるからにはねえ、計画性がないと。
 っていっても、フィックスしているのは11月末までで、その後は、どう転んでも良いように割とフレキシブルにはなっている。
 いつ、なんどき、なにをやらなきゃなんなくなるか、わっかんないからね。

を見る。

 よくこんな話を思いつくな、というのが最初の印象(原作があることを知らなんだ)

 それもこんな構造の形の映画にして・・(これでもスクリーミングを繰り返してかなりわかりやすくしたらしい)
 
 ルックも素敵。
 
「いいなあ」と心の中で居住まいをただして、寝転がって見た。
 アメリのあの姉ちゃんが映画女優として美しい。
 佇まいが美しいっていいことだなあ、と思う。
 愛嬌は年を取らない、というのと同じか。

 そして、この監督特有の、映画が進んでいくにつれ、物語は濃くなっていくのだが、それと反比例して、見ていけばいくほど肩の力が抜けていく感じが心地言い。
 最初はいろいろ考えながら見ているが、途中でなにもかもどうでもよくなって、映画の時間に身を任せてしまう。
 とても繊細で緻密な映画だなあ、いいなあ、と思ってたら、やられた。
 全部終わったら、メニュー画面に切り替わり、監督による音声コメンタリーがついていることを発見。
 『デリカテッセン』はそうでもなかったけど、『ロストチルドレン』あたりから『エイリアン4』『アメリ』と気になる映画を連発している監督である。

 どうしようかな、と思ってちょっと見てみた。

 冒頭の部分で「映画を作る人間にとって監督の音声コメントは役に立つものだと思う。私も昔は気になる映画の写真集を買ったり、メイキングの本をむさぼり読み、どうやってこの映画が作られたのかを知りたかった」(うろ覚えだけど、たぶんあってると思う)なんてことを言っていたから、これは「見ろ」ってことね、と思い、しょうがない全部頭からまた見ることにする。
 初見の時「これは?」と思った部分をみんな解説してくれている。
 助かる、勉強になる。
 しかも、かなり客観的に自分のこと、作品のことを語っているし、その語り口がそれなりにおもしろい。
 
二回見て正解だった。くだらない「B級よりも数倍役に立つ。

『『メトロ』のおぼえがき』と『ドードーノルマ』なんとか達成
を見る。
マーベル(アメコミの有名な会社ね)の映画化作品の中ではかなりいい方。
『Xメン』とか有名どころの『バットマン』『スパイダーマン』あと、あの体が赤くて、頭の角を半分でぶった切ったような奴、名前が思い出せない。のとか、盲目の弁護士みたいなのもいなかったっけ? あれとか、よりもすんなり見れた。
この手のヒーロー物っていちおう「なんでそいつがヒーローとしての能力を得たのか?」という、どう転んでもこじつけでしかない部分に結構な時間を使ってしまう。
でも、見る側もそんなことはもう百も承知で見に行っているわけだから、適当にそのあたりをはしょるわけにはいかないもんだろうか? 
とにかくみんな導入が長すぎると思うのは私だけ? 
だって、そんなの知ってるよ、タイトルに書いてあるんだもん。それ目当てでDVD借りてきたりしてるんだからさ。
でも、なんで他のマーベルの物よりも見やすかったんだろう? ヒロインのミスインビジブルの顔がかなり好みだったからか?
 なんて事でいいのか?
 え? じゃあなにか? 私は単純にミムラの顔が好きだから、ここ最近ミムラのことを考えているのか? 
ミムラって一応芸能人だから、さん付けで呼ぶべきなんだろうけど、ミムラさんっていうとまったく別の人に思われてしまって、そこで思考が停まってしまう。
ミムラはミムラであってミムラさんではないんだ。どういう区分だ。
あの、ミムラって名前はミムラ姉さんからとったらしいね。
またよりによってミムラ姉さんってのがシブイよね。
トフスとかビフスとかじゃなくてミムラ姉さんなんだもん。
そういえば、この前、全然関係ないところで「ムーミンに出てくるカンガルーの名前を教えてください」っていう文を読んだんだけど、それもまたすごいな。ムーミンにカンガルーは出てこないだろう。
一応、北欧だろう、基本設定は。
そして、スニフはカンガルーに見えるか?
見えなくもないか。
いやいや、ミムラの話だ。
というか『ファンタスティックフォー』の話なんだよ、元々は。
ミムラって名前がありなら、いっそみんなそれ系のをつけてくれた方が、印象に残るってもんじゃないか。
「ども、ヘムレンです」とかね。
「おはようございます、ホリプロのジャコウネズミです」とかね。
別にもう人間の名前じゃなくてもいいしね。
って、書いていながら、ムーミンの登場人物は人間じゃないんだよな。
一応、書いておかないと。
「どうも、おさびし山です」とかね。
もちろん、お相撲さんでね。
インタビューとか受けるの。
「おさびし山さん、今日の勝因はなんだったんでしょうか・」
「そうっすね・・はあはあ・・途中から相手のまわしが取れたんで・・はあはあ・・そこから自分の相撲になりました」
とかNHKで言ってるの。
おさびし山がありなら、おむすび山もありか。
「東〜、おむすび山」って言ったら、誰もおにぎりだと思わないよな、そういう山が東にあるように思うよな。
ところがお相撲さんなんだよ、ってすごい複雑な気分。
いやいやいや『ファンタスティックフォー』なんだってば。
でも、長くなったからこのへんで今日はやめよう。
あのね『鉄腕アトム』が実写になったら、こんなシーンって絶対あるよな、っていうシーンがあるんですよ、本当に。

『ドードーの旗のもとに』第三巻の構成がだいたい終わる。
を見る。
アメコミ(だと思う)の映画化で、監督は原作の漫画家とロバートロドリゲス、そして、協力監督というよくわからない肩書きでQ・タランティーノが参加している。
もうそれだけで、なんとなく期待ができる部分と、期待できない部分がわかるし、テレ東の『ショウビズ』でなんとなく映画のルックもテイストも想像できた。
 で、その通りだった。
 ただ、特殊な映像の処理をしているために、普通の映画で描写したら、とてつもないことが、逆になんの衝撃もなく淡々と語られていく、ということにちょっとびっくりした。
 過激な映画を作ろうとしていたんじゃないのか? 本当にこれで良かったのか? まあ、奴らにそんな質問はまったく意味をなさない事は承知の上で、こっちはこっちで思ったんだから、思ったと書いておく、という感じ。
 主演はポスターづらはブルースウイルスだけど、半分くらいはミッキーロークだとわからないミッキーローク、これもまあ、奴らの企みだろうから「ミッキーロークだとわからなかった」とか「ミッキーロークでやる意味があったのか?」とかって思ってはやらない。
 これでいいんだろう、たぶん。
 ハイコントラストのモノクロ、部分カラー(パートカラーって言葉が昔あったけど、でも、今、行われている画像処理で作り出されるものは、パートカラーではなく、部分カラー。これをもう一回英語にすると、同じ言葉になるのかしらん)の画像はとても綺麗だが、やはり飽きる。
 しかし、見終わって一日経ってこれを書いているんだけど、思い返してみると普通の映画の観た後感とは違って、モンタージュとか、物語の流れとか、よりもなにより実写化された漫画のコマそのものが鮮明に記憶に焼き付いている事に驚く。
 観ている間はそんなに感じなかったことなんだけど・・
 もしかしたら、良い映画なのかもしれない。
 ロドリゲス、こんなのも作るし、『スパイキッズ3』のようなものも作れちゃうってすごいなあ。


そして、ミムラ結婚の話を聞いてしまうと、藤原紀香の結婚がもう本当にどうでもよく思えるのはなぜだ?
そんなに好きだったのか、ミムラを。
ミムラのなにを観たっていうんだ?

『着信あり2』しか思い当たらない。
を見る。
いやあ、期待が大きすぎたか。
ここで振り返って考えると、復讐三部作は『クムジャさん』『オールドボーイ』『憐れみを』の順で見るべきだったかなと。

見た順番で後悔したのは『トトロ』と『火垂の墓』以来だ。
私は『トトロ』を先に見てしまったんで・・
ねえ・・・

主演の彼女の赤いアイシャドウは確かに映画的な発見だったと思う。
脚本にひねりがあるとか、CGの新しい使い方とか以外にもまだ、映画的な新しい発見や実験というのはあるものだなあ、と思う。
映画的な発見っていうのは、なんとも言葉にしようがないんだけど、映画として新鮮に思えるってことなんだけどね。

日曜の夜に押井さんがBSでなんかよくわからない脳の番組に出ていて、いつもの自説「撮られていない映画はない」とまた喋っていたんだけど、それでも「新しいと感じる映画があってそれは」と、またちょっと先に進んだ意見を述べていた。

なんだろうね「新しい」とか「見たことのない」と思う感覚って。
そして、CGの懲りまくった画面に対してどうして「もういいよ、飽きたよ」と思うんだろうか。

そして、ミムラ、結婚かあ。
ちょっとショック。

10x50KINNGDOMのワークショップ第1シーズン終了。

これまで演ぶゼミとかでやってきたことの進化系を試してみた。
そして、同時にホームページにメソッドのページを作ることにした。

を見る。
韓国映画の方、リドリーのやつではない(一応ね)

まあ、ひどい映画。
アクションはそれなりに、一生懸命やっているだけど、どれもこれもかっこよくない。
ハイスピードがこれほど「退屈に間延びした時間」にしか感じられないというのもたいしたものだ。
でも、これは韓国映画が円熟期を迎えたからこそ生まれてしまった、よくわからない映画といえるのではないか。
日本も全盛期の頃、こういう間違った映画がいっぱい作られていたからね。
横移動の多さといったら、実相寺さんかと思うくらい。
こんな映画ができてしまう環境がうらやましい。
映画はまあ、ひどいもんだったけど。

そして、仕事。
打ち込みまくるが、なんか進んでいる感じがしない。

夜、10x50KINNGDOMのワークショップ初日。
テープレコーダーを回しながら延々喋る。ぼちぼち、この『前提条件』を全部文章にして私の戯曲の『取扱説明書』として完全なものにしたいもんだ。
 を見る。

 すげえ!
 こんなやりかたがあったんだ。
『男たちの挽歌』を二十年以上前に見た時以来の衝撃!
 これは傑作!
 冒頭の長回しから「ただもんじゃねーな」とは思ってたけど、すごいすごい。
 映画は見ておくもんだねえ。

 そうそう、この前、吉祥寺を散歩していたらさ、たまたまバウスシアターの前を通りかかって、もう十一時過ぎてたからもちろん劇場は終わっちゃってたんだけど、なんと、なんと、なんと、前売りチケットのコーナーに『ピンチクリフグランプリ』のチケットが並んでいて、これはもう「びっくりぎょうてん宇宙の宙返り」だった!

 三十年ぶりのリバイバル上映、ってことだけど、あれからもう三十年か(いや、本当はそんなに経ってないと思う、二十五年じゃないかな、だって私が高校二年だった気がする)。
 劇場で何回見たかわかんないよ。
 『劇場版ガッチャマン』と二本立てでやっていた時がいちばんつらかった。
 『ピンチクリフ』見て『ガッチャマン』が始まったら、ロビーで本読んで、また『ピンチクリフ』見て、『ガッチャマン』が始まったら、ロビーに出てフランスパンを囓りながら本読んで『ピンチクリフ』見て、『ガッチャマン』が始まったら、またロビーで二冊目の本を取りだしてた、思い出がある。
 だから、今でも(あんまり聞くことはないけど)『ガッチャマン』の劇場版の交響曲を聞くとあの時の、イヤな感じが蘇る。
 明治大学の学園祭で上映会があったこともあった。
 もちろん、そこにも出かけていって見た。
 あの頃、見たい映画を見るためにはそうするしかなかったんだ。
 『哀しみのベラドンナ』っていうこれまた好きな映画があるんだけど、とある公民館で上映会をするっていうんで土砂降りの雨の中でかけていったら、客が私一人だった。
 公民館の人が「どうする?」って聞いてきたので「お願いします」って言った。
 私、一人のために16ミリの映写機が回り始めた時はちょっとうれしかった。

 なんてことはいい! 『ピンチクリフグランプリ』だ。
 DVDはもちろんLDの姿も見ない。
 ずいぶんさがしたんだけどない。
 サウンドトラックは持ってる。
 LPだけどね。
 
 これでDVDがたぶん発売になるだろう。
 よかったよかった。

 「びっくりぎょうてん宇宙の宙返りだ」ってのはその登場人物の口癖の台詞なんだよ。

 あとは仕事してた。
 頼まれてもいないのをこつこつとやっている。
 
 そして、夜はシニア劇団の稽古。
 できている部分を全部通して読んでみる。
 が、全部読み終わらないうちに時間が来て終了。
 そこまでで1時間08分。
 ホンのこの素読みの状態で1時間35分くらいでないと上演した時に1時間50分を越えてしまう。
 それだけは避けなければならない、となると、残された時間は30分弱。
 かなり整理が必要であることが判明。
 

 
 を見る。
 こんなのだとは思わなかった。
 すごいがっかり。
 「タイムパラドックス」や「パラレルワールド」の概念を知らないSF研があるんだ。
 ふうん。
 彼らはなにを読んでるんだろ、普段。
 SFをなんだと思ってるんだろう。
 貼ってあるポスターが(権利の関係はあるんだろうけど)『ガンダム』と『マタンゴ』だもんな。
 センス悪よな。ああ、これ貼ってんだ、とか、これ飾ってんのかってのもないし、シルバニアンってなんだよ。
 オセロやってんだもんな。
 せめてウルトラマン版モノポリーとかやってて欲しかったなあ。
 『スターウオーズ』版モノポリーは無理だとしてもさあ。
(あれって台詞で出てきてもダメなのかな「うっそ、タトゥーインにまた止まるのかよ、破産だよ」とかって)
 これ中学生の話だったのかな?
 言動が幼なすぎるから、そのあたりが全然わかんなかった。
 タイムマシンを使っているものだったら『ハッピーエンドの物語』の方がまだましだと思った。
  (『リターナー』とかは別にしてね)

 MTVを流しっぱにしていたら、オレスカバンドの曲が流れていた。
 なに気に聞いていたのに涙が出てきた。
 良い曲だなあ、と思ってたら、その後にバンプオブチキンの噂の人形を使ったPVの一部が流れた。
 そして、また歌詞のすばらしいことと言ったら。
 がんばろうと思ったよ、ほんとに。

 あとは仕事してた。
 マグロが遊んでくれとうるさいが無視してたら、膝をかなり激しくひっかかれた。
 流血した。
 
 
 とにかく、ホームページをなんとかしないと、と思っていったいどれくらい経つのか? いいかげんにしろ、私!
 と、思い立って、今日はひたすらマウスをクリック。
 『メトロポリスプロジェクト』の全戯曲をアップした。
 あと、『東京の香港トーイ』も出てきたのでやっぱりまたアップすることにした。
 けっこうへろへろになるね、マウスをクリックし続けるってのもさ。
 夜、騎馬劇団『ジンガロ』のドキュメンタリーを見る。
 主宰はバルタバスという人で、この名前がとても気に入る。
 バルタバス、バルタバス・・・
 もう名前にすでになにかありそうな素敵な名前だ。
 バルタバスが次に仕掛ける! とか、なんでこんなに名前からすでにキャッチーなんだ?
 しかも、本名ではないらしい。
 馬上でのバクテンとか、やっぱり見せ物としてのインパクトはある。
 舞台を『スペクタクル』と呼んでいた。
「私のスペクタクルは」とか言ってる。
 そういうのもありなんだ。
 いいねえ。
 舞台、とか公演とか、演劇とか言ってるからなんか気持ちがへこむんだよなあ。
 舞台とか、公演とか、演劇とか、チラシって言葉の言霊がやせ細って栄養失調になってる気がするよ。
 でもだからといって「スペクタクル」とかっていう言い方の真似をするのもなあ。
 なんて言えばいいんだ?
 『ショー激』とかか? あ、なんかそういうのあった気がする。
 『タイフーン』とか『ツイスター』とかっていうのはかっこよさげだけど、アメリカで実際に被害にあった方々がいるから、向こうでは公演できなくなっちゃうしな。
 『バクダン』とかね。
 酒にあるか。
 『クレイジー』だとケンバンドがあるしなあ。
 話は『ジンガロ』に戻るけど、馬がタップダンスやっているのはちょっと目からうろこだった。
 蹄鉄というタップシューズはいてるもんな。
 できなくはないよな。
 そして、ヴェルサイユに馬術の学校があるというのを初めて知った。
 バルタバスが学長で今、10人の生徒が馬術を勉強しているらしい。
 馬術だけではなく、ダンスやらなんやらも学び、もちろん間に馬の世話もする。
 見習いたいものだ。
 『ジンガロ』には馬だけでなく、ガチョウも多数出演する。
 ガチョウが一直線になってみんなで走っているのは見物。
 そういえば、動物園で一番長く見ているのって私、フラミンゴなんです。
 
 「情熱というのは説明できない」というのがバルタバスの言葉だった。

 今日も図書館に行き、『メトロ』のネタを探す。
 でも、あまり収穫なし。
 だけど、もう書けるところは書き始める。
 10枚。
 夜は来年六月に公演するシニア劇団の『メイビートゥモロー』という芝居の稽古日。
 今日、できているぶんのホンをなんとなく立って、なんとなく動いて、なんとなく読んでみる。
 うまくいっている部分と、もっとやってもいいんだな、という前向きな反省などいろいろ。
 劇団10x50KINNGDOMの連中も何人か代役として参加。
 群衆劇なので人が足りないと、戯曲の立体化(こんな言葉があるのか?)ができないので、とにかく来てもらって、初見だけど読んでもらった。
 BSでやっている『BS笑点』を見る。
 この大喜利のファンなんだけど、きくお君の暴走ぶりがいっそう加速。
 ものすごい。
 あと『オールナイトニッポン』を振り返る番組を鶴光さんがやっていて、それも見る。
 あのねのねがゲストなんだけど、あの頃もそうだったけど、なんであのねのねっておもしろいんだろう? おもしろくないんじゃなくておもしろいんだけど、まったく分析できない。
 あのねのねの研究読本とかって出てるの? なんだろう、あの力の抜き方とか、持ちネタがあるわけでもなく、あの大ヒットした曲だって、よくよく考えると歌詞、すごいよ。
 いや、本当に。

図書館へ行き『メトロ』の資料をあさる。
1本、いけそうなのに行き当たる、というか思いつく。
これで残りが9本、さてさて。

『カーズ』を見る。

ちょっと待てよ、なんだよ、これ、どーしちゃったんだよ、ピクサーは。
冒頭10分くらい、ゲームのオープニングが延々続いてる感じで、いつ『スタート』って表示されるんだろうって思った。
そして、もう話がなんだかよくわからない。

20分目でもうやめたくなったけど、でも、意地で最後まで見た。

あのさあ、この登場人物は車なの? 
車のような、いわゆる異生物なの? 
それとも、擬人化された車なの? 

どう見ていいかまったくわかんない2時間弱。

この文字通り『車社会』はどのように構成されているの? 
この世界はどうなっているの?
ガソリンスタンドで食べるガソリンは誰が掘っているの? 
アラブの車なの? 
なんなの?

『トーマス』と似てるけどまったくちがう。

全然、ついていけない。
これ、映画館で見たらくらったかもしれない。
ピクサーでこれかよ。
『マダガスカル』も怒り心頭だったけど、まあ、しょうがないか、ってあきらめがついた。
でも、これはさあ・・
ちょっとまってよ、マジかよ。
「もうなにを信じればいいだ」って、映画館なんか行ってたら、家に帰る道を忘れてしまったかもしれない。

夜、劇団10x50KINNGDOMのミーティング。
ついに実質19回つかった『メトロ』のアーチを新調することに。
どこまで、今までのテイストを残し、どこをどう新しくするのか。
そして、急に降ってわいた野外公演の話。
受けて立つ方向で考える。
困難なことが意外と少ない、いけるんじゃないか。
それとは別に、また新たな企画が立ち上がる。
すべては来年の話だが、来年ってもうすぐなんだよね。

一昨日、新しく一人劇団に入ったので、彼女のインタビューのようなものを起こしていく。
成文しとくとあとで同じ事を話さなくていいからね「読んでおいて」で、すむから。
地方支部に伝達するのもこういう方法って大変だけど有効だからさ。

にしても『カーズ』、おいおい。
予告編がついてたんだど、フランスのグルメのネズミはおもしろそうだった。

いや、予告編なんかどうでもいいよ『カーズ』だよ『カーズ』。
を見る。
夏にやってたやつを「いつか見よう」「いつか見よう」とほったらかしにしてあった。
あまり『ライディーン』に思い入れないし、デザインもあんま好きじゃないんでデーモン閣下やらの話を「へえ」とか聞いていた。
デーモン閣下とは10万歳離れているけど同じ年なんだよね。
それで、見ていてものすごい事を思い出した。
出演していた出淵さんが中学生の頃にサンライズに見学に行ったんだって。
そしたら、監督の長浜さん(注釈は長くなるからつけない)が出てきて、ちょっとお茶飲もうかって、喫茶店で三時間くらい話をしてくれたらしいんだ。
で、出淵さんは「アニメの監督が三時間も喫茶店でファンの中学生と話し込んでいたらまずいだろうって、業界入ってから思いました」って言ってたんだけど、それを聞いて、まったく、すっかり忘れていたことを思い出した。
私も、サンライズに中学生の時、見学に行った!!!
スタジオはちょうど『ボルテスV』の第一話の準備中だった。
そして、出淵さんの言うとおり、長浜さんが出ていらしてボルテスVの基地の中のセルを見せて説明してくださった。
セルを重ねるとどうなるのか、とか、こうやって基地のスクリーンに敵が映るんだよとか・・

そうだ、そうだったんだ!
たしかにあれは長浜さんだった。
すいません、長浜さん、すっかり忘れてました。
そして、大変遅くなりましたが、あの時はありがとうございました。
本当にありがとうございました。
ありがとうございました。

あれからずいぶん経って、あの時の中学生は紆余曲折を経てアニメの脚本を書くことができるようになりました。

ありがとうございました。

どうか安らかにおやすみください。

じんのひろあき

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