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『ユナイテッド93』を見た。
 今年、これ以上のものにお目にかかることはないだろう。
 『デビルマン』でやりたかったことが、ここにある。
 どうして、劇団10x50KINGDOMの旗揚げを9月11日にしたのか、自分でも実はよくわかっていなかったが、これを見て「ああ、そういうことだったのね、私」と思った。
 意味があったんだ、その日を選んだことには。
 この映画に携わったすべての人に、感謝。

『クレヨンしんちゃん、サンバなんとか』
 おかしいなあ。
 期待していたのに。
 出だしはそんなに悪くなかったのに。
 なんだこれは。
 今までの寄せ集め、見た目、あんまり美しくないパッチワーク。
 もともとの『しんちゃん』の画が持っているテイストの中に、あれが入ってくるのは、いかがなものか、と、思っていたら、やっぱり、なにもそれについては収束も解決もしなかった。
 違うタッチの画が入ってくるのは、やっぱり相当な覚悟がないと、ダメだろう。
 なんぼアニメでも、草薙素子としんちゃんのツーショットって成り立たないんだからさ。
 去年の『カスカベボーイズ』が秀作だったからなあ。
 残念無念。

『テリーギリアムのなんとかタイランド』
 もう映画のタイトルを覚える気が失せている。
 だって、どうせ覚えても、肝心な時に思い出せないんだもん。
 だからもう覚えるのやーめた。
 
 ギリアム風のアリスっていう時点で、大丈夫かなあ、と思ったけどね。
 ケーキにガムシロ掛けるようなもんだからさ。
 おかしい人は『12モンキーズ』みたいな一応ちゃんとした話を撮った方が、それなりに見られるものになると思うんだけど。
 他人事ではないんだけどね。
 でも、年を取っちゃったなあ、ギリアム、っていうのが正直な感想。
 手の込んだ「孫娘のホームムービー」を見ている気がしてしょうがない。
 破綻が丸くなっている。
 こっちが年を取って、刺激に反応しなくなっているからかなあ、とか、見ながらいろんなことを考えた。
 でも、もちろん、端々はすごいんだよ。
 ただねえ・・
 実相寺さんが、亡くなる直前まで撮っていた『ウルトラマン』の切れ味の良さとくらべたらねえ。
 鬼才は鬼才で有り続けて欲しいと思うのは、消費者の身勝手な願望なのか。

『緑茶』
 撮影クリストファードイル。
 主演ヴィッキーチャオ。
 それだけでもう充分です。
 ありがとうございます。
 本当に好きです、ヴィッキーチャオ。
 かわいいなあ。
 ああ・・・
 にしても、話がなさすぎないか?
 短編の映画化らしいが(よく知らんが)本当にただの短編にきちんと時間軸を加えていって、それ以外はこれといってなにもしていない、映画。
 すっぴん、な、映画ってこういうのだろうなあ。
 好きな人は好きなんだろうけど。
 
『ミスターなんとかミスなんとか』
 を見る。
 ブラッドピットと『トゥームレイダース』のあの姉ちゃんが出てる。
 一言で言うと「犬も食わない」ものの映画化。
 本当だって。
 どうしようもないんだけど、どうしようもないっていうのが、どうにもこうにもしようがない、の、どうしようもない映画。
 だって、どうせこの夫婦、最後仲良くなるんでしょ、って、思う訳じゃない。
 まあ、見たぞ、っていうだけかなあ。

『ロープ』を見た。
 いろいろ言われてるけど、傑作だと思う。
 宮沢りえさんの実況に注目が集まってるみたいだけど、私は赤子を拾った男が、それを育てていて、そいつは逃げ出したことで・・っていう構造が好きだった。
 冒頭「えらい藤原竜也に似た男がいたもんだ」と思ってしばらく見ていた。
 本人だった。
 びっくりした。
 そういえば、ポスターに名前が載ってた。
 三宅くん、体の切れいいなあ。

『南極日誌』
 これも予告を一昨年見た時から、期待していたんだけど。
 んだけど、って書かなきゃなんないところがつらい。
 でも、期待をふくらませていたのは私と私の周りの何人かだけだったみたいで、他から賞賛の声は特にこれといって聞こえてこなかったからねえ。
「あれ、おかしいな」とは思っていたさ。
 開けてみたら『白い地獄の黙示録』じゃねーかよ。
 まあ、それはそれでいいだけどさ。
 もちょっとなんとかなんなかったのかな。
 撮影大変だったろうに。

『Vフォーベンデッタ』(正しい表記など知らん)
 予想通り。
 別に何もない。

『雑伎団』
を見る。
 東京国際フォーラムで。
 9000円もする。
 でも、去年上海の馬技場で見た雑伎の方が質は高かった。
 2800円だったけど。
 群舞が間に挟み込まれているだけど、それが揃ってなくて、イライラした。
 踊るなら、揃う!
 揃える!
 揃わないなら、踊らない! ね!
 頼むよ。
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なにか?
じんの「それで、じゃあ蓬莱ね」
蓬莱「はい」
じんの「蓬莱どうする? なにやる? だいたいわかったでしょ、作り方。こんな感じ」
蓬莱「自分がやりやすいキャラクターって考えた時にやっぱり、大学生とか浪人生とかって、すぐ思っちゃうんですよね」
じんの「予備校ってなんかあるような気がするんだよね、あんま芝居の舞台として設定されないからさ。予備校生っていうのが出てきても、それがキャラクターとして描かれるんじゃなくて、記号としてしか描かれないからね」
蓬莱「実際、浪人してたんで、なんとなくやりやすいって思う部分もあるんですけどね。でも、どうしてもキャラクターを考えた時に、悶々とした性格が根本にあるんですよ」
じんの「ああ、そう」
蓬莱「なんかこう、すかっとしたキャラクターじゃないような気がするんですよ、例えば大学生にしても浪人生にしても、まあ、社会人だとしても、やっぱりこうなんか、日々送ってるんですけど、迷いながら、曲折しながら毎日生きているような奴になりそうな気がします。そういう方が自分には合ってるんじゃないかって思うんですよ」
じんの「そういうのに魅力を感じるの? 基本的には人からなんて言われたい人なの?」
蓬莱「人からなんて?」
じんの「だから、おもしろい人とか、かっこいい人とかさ、いろいろあるじゃない」
蓬莱「変・・?」
じんの「変って、言われたいの? 言われるの? 言われたいのと、言われるのと分けて考えようよ」
蓬莱「変わってるって言われた方が、なんか・・いいかなって」
じんの「ああ、そう、変わってるって言われたいんだ」
蓬莱「なんかそういう・・なんていうんだろう、なんも言われないよりは・・」
じんの「なんも言われないってことはないだろう、なんも言われないよりは、なんだって、
どんなことだって言われた方がいいよ、そんなの。なんも言われないのは問題外だよ」
蓬莱「言われて最高系ですね」
じんの「なんだよ、言われて最高系って! 最上級の言われようなんだ」
蓬莱「えー、なんだろう、おもしろいとかのほうがやっぱりいいですけどね、かっこいいとかよりもね。関西ノリができないんですよ。顔ちっちゃいね、って言われて、いやいやいや、態度はでかいですけどね、とか言えればいいんですけどね」
じんの「ああ・・・」
蓬莱「すべるんですよ、そういうこと言うと」
じんの「それさあ、態度がでかいとか言うからすべるんじゃないの? ええ、気持ちも小さいんですよ、って言っときゃいいのに」
竹橋「ああ、逆にね」
蓬莱「それができない」
じんの「できないから、ちっちゃいって言うんじゃないかよ」
蓬莱「そうか・・二十四年目に初めて気が付きましたよ、そんなの」
じんの「自分が言われたい感じと、人からよく言われる感じで、なにが一番はまるの? めったにない機会だからね。自分がやりたい役ができるってのはさ。形にできるっていうのはさ、でね、いきなり今のオルガみたいに決まっちゃう場合もあるし、さんざん悩む場合ももちろんあるから、あんまり急がないでいいから、考えて考えて、どうするべ、ってことだって今までいっぱいあったから。考えられる可能性を全部とりあえず出してみようよ。あんまりないでしょ、自分の役をこうやって一から探す舞台って。与えられたものに自分を当てはめていく、ってのが普通だからさ。自分の役探してことはないから。ひたすら話してかないと、なにが好きなの? なにがやりたいの? どんな人なの? ってことをね。悶々としているものに興味があるっていうのもすごいよくわかる、見た感じ」
蓬莱「それは非常に興味があるし、やりやすいと思うんですよ、他で芝居やった時も、そういう役の方がやりやすいんですよ。でも、どういう役がやりたいかっていわれるとものすごく難しいですね」
じんの「だと思うよ。毎回、新しい人がくるたびにこの問題に直面するんだから」
蓬莱「そう言われてもなあ、なりたい職業みたいなもんじゃないですか。なんだろうなあ・・」
じんの「坪ちゃんの龍之介を役所の職員にしたのはあれだもんね、坪ちゃんの本人の居場所から縁遠いところを設定しようってことだったんだよね」
坪井「そうそう」
じんの「役所とかさ、私も含めて「まったくわかんないところだよね」って決めたんだもんね。そもそも役所に行くって、どこでどうなると、そういう道を選ぶことになるのかってことがわかんなかったからさ」
坪井「そうそう、本当にそう」
じんの「実人生でやってみたくないことをやってみようって、せっかくだからって」
坪井「せっかくだからってのがわからんよね」
じんの「その役と十五年つきあうことになろうとはね・・ただ、我々は役所勤めする人の気持ちってのがまったくわからないから、そこできちんとした役所の職員にしちゃうと、なんにも出てこない、なんにも思いつかないってのはわかりきってるからさ、少なくとも、なにか物語に貢献できるような要素を一つでも入れようってことで、すぐやる課にしたんだもんね。それだったらなんかあるかもっていう元々は「逃げ道としてのすぐやる課」だったんだよね」
坪井「そうそう・・」
じんの「役所っていっても、基本的には『Xファイル』だと思ってるからさ、事件が起きてなにかしにいくっていう」
オルガ「様々な事件が・・」
じんの「そうそう・・スカリーが・・だからそろそろ『すぐやる課』の話をやろうかって、言った時に毎回、まず話に出るのが、実現したことがない「下水道になにかが出て、すぐやる課が出動する」っていうストーリーなんだよね」
坪井「ずっと考えてるんだけど、なにかが思いつかないんだもん」
じんの「下水道になにかが出るんだよ」
オルガ「ワニとか?」
じんの「うん、ワニってすぐに出てくるじゃない。下水道にワニとか出てきちゃうと、チケット代とれないって思うんだよ、白いワニとかじゃ、ダメなんだよね、もっとなんか想像を絶するすごいものが出てこないと」
坪井「なにかが出るんだよ」
じんの「なにが出るんだよ」
坪井「なにかなんだよ」
じんの「なにが出てくればいいんだよ、下水道に・・」
坪井「あなたの街のFBIっていうのが、そもそものすぐやる課のコンセプトだったのに・・・」
オルガ「かっこいいような、かっこ悪いような」
じんの「一応、調べたんだけど、すぐやる課がなにやってるかってのをさ。そしたら、スズメバチの巣の駆除とかが出てきて、年間七十個駆除したりしているのね」
オルガ「へえ・・・」
じんの「それ用の掃除機もあるんだよね。掃除機でとりあえず蜂を吸い取って、それから巣をボキってもぐんだって。七十個のスズメバチの巣が毎年街のどこかに発生しているっていうのもすごいけどね。あと側溝の掃除」
坪井「スズメバチの巣よりも側溝の掃除の方が主な仕事だったりするみたいよ」
じんの「だから、側溝にも変な生き物がいたりするといいなって思うんだけど」
坪井「だから、変な生き物ってどんな生き物よ」
じんの「それがね・・・思いつかないんだよね。あとキャラとして出てなくて、蓬莱ならできるんじゃないかなって思うのは、犬」
オルガ「ふふふ・・」
じんの「犬」
蓬莱「ええ?」
じんの「いや、前からね、街に犬は欲しいねって言ってたんだよね」
オルガ「でかい犬?」
じんの「いや、でかいとか小さいとかあんま関係ないんだよ、犬なんだから」
オルガ「着ぐるみとか?」
じんの「ちがう、ちがう、そのまんまそこにいるだけ、犬っていっているだけ。犬」
蓬莱「どういうことですか? 僕が犬ってことですよね」
じんの「そうだよ」
オルガ「わんわんって?」
じんの「わんわんって言わないで、普通にいるの」
蓬莱「普通に接するんですか?」
じんの「会話はできないよ、もちろん」
蓬莱「ああ・・・」
じんの「会話はできないけど、お互いが喋ることはできる」
蓬莱「ああ・・・」
竹橋「犬同志で?」
じんの「犬同志じゃなくて、人間と犬が。人間と犬って喋るじゃない。飼い主が犬に向かって話しかけるし、なにかを訴えて、犬は飼い主とか、その他の人間に向かって吠えるじゃない」
竹橋「人間は犬にずっとしゃべってて、犬も人間にずっとしゃべってる」
じんの「そうそう、ずっと喋ってる、でも、交流しない。喋る言葉が相手に影響を与えないって言った方がいいか」
竹橋「ああ・・・」
蓬莱「撫でられると、痛い、痛い、痛い、とかって?」
じんの「うん、そうそう、接触する場面があれば、そうなったりもする。犬が欲しいっていうのはね、あれがやりたいの『スヌーピー』スヌーピーみたいなのを演劇でやりたい。『メトロ』は短編だから、短編って考えた時に『スヌーピー』のあの四コママンガっていうのは一つのすぐれた短編なんだよね」
蓬莱「『スヌーピー』の短編っていうのがボクはよくわかってないと思うんですよ」
じんの「『スヌーピー』のマンガは読んだことない? ピーナッツブックスっていうシリーズは」
蓬莱「どういうストーリーなんですか?」
じんの「ストーリーっていうか、四コママンガなんだけど」
蓬莱「なんか冒険したりするんですか?」
じんの「全然しない、日常があるだけ、なんにもしない。犬小屋の上で寝てるだけ」
蓬莱「ストーリーっていうのはあるんですか?」
じんの「チャーリーブラウンっていうのが主人公で、チャーリーとその周りにいる人間たちと、彼が飼っている犬のスヌーピーの日常を切り取った四コママンガ。新聞に連載されてたの。なにも起きない時もあるようなマンガ。なにも起きない時もあるし、一人で独り言をいっているだけの時もある」
蓬莱「おもしろそう」
じんの「ウディアレンの映画って見てる?」
蓬莱「見てないですね」
じんの「ウディアレンが犬だったら、っていう感じのがやりたいんだけど」
坪井「犬っぽいですよね、ウディアレンって」
じんの「そうなんだよね。劇中でくっちゃべっているウディアレンの言っていることを、劇中の人間は誰も聞いてないしね」
オルガ「ウディアレン」
蓬莱「格好はどんななんですか?」
じんの「今の蓬莱の格好そのまんまでいい、そういうジャケットでマフラーとかしてていい、特にしっぽつけたりとかもしない」
蓬莱「つきあう女の人によく犬っぽいって言われるんですけど、じんのさんから見てもやっぱり犬っぽいですかね」
じんの「それはどうだろう・・どのへんが犬っぽいんだろう、なにをして犬なんだろう」
蓬莱「年上の人とつるむことが多いんで、けっこうかわいがられることが多いんですよ」
じんの「ああ・・」
蓬莱「逆に年下の後輩とかだと、どう接していいのかわかんないんですよ」
じんの「うん・・基本的に犬は主人を決めるしね」
蓬莱「でも、年上でもダメだと思ったら見下したりしますからね」
オルガ「ああ、いるいる」
じんの「その部分ってすごく犬じゃん。認めてもらえないんだよね、本当の飼い主とそうでない者をはっきりわけるからね」
坪井「そうそう・・うちの犬がそうだから、俺のことを認めてくれないんだよ、いつまでたっても」
じんの「『スヌーピー』とウディアレンがキイワードの話。犬らしい犬とか、今でてきた着ぐるみを着るとか、そういうことではなくてね、なんか象徴的なものが一つあればいい。ご飯を食べる器みたいなものとかね。スヌーピーにも出てくるんだけど」
坪井「でも、ずっとまともに会話はできないんですよね」
じんの「まあ、そうなんだけどね」
竹橋「孤独・・」
蓬莱「犬は幽体離脱した人と絶対会話できますよね」
じんの「ああ、できてもいいよ」
坪井「絶対とは限らないけどね」
蓬莱「人間と喋っていて、たまに会話が成立するとすごく嬉しいでしょうね、そうそうそうそう! って」
じんの「そういうことなんだよ!」
蓬莱「やっぱりうちの主人は違うな、とか」
オルガ「ははは・・」
じんの「(坪井に)ウディアレン見てないんだったら、なにから見ればいいかな・・どれがいいだろ、どれもおもしろいんだけどね、映画として・・『世界中がアイラブユー』かなあ、すごいねえ、どシリアスなやつと、どうしたらこんなことを思いつくのかっていう感じのコメディと、二つ路線がある人なんだよね、どシリアスなのは本当にもう、笑いの欠片もないやつだしね『インテリア』なんて劇中にいっさい曲がかからないんだよ。タイトルロールが上がってくるところも無音なの。会話だけ。きついよ。息詰まるもん、見てて」
坪井「『マンハッタン殺人事件』は?」
じんの「なんだっけ、それの正式名称、『マンハッタン殺人ミステリー』とかっていう変なタイトルだった気がする」
坪井「ああ、そうかも」
じんの「あと『ブロードウェイと銃弾』とかあと・・」
蓬莱「結構、作品多い人なんですか?」
じんの「年、一本のペースじゃないかな」
蓬莱「全部でどれくらいあるんですか?」
じんの「わからん、三十か四十かってとこじゃないかな、でも、いい加減なこと今、言ってるかもしんない。役者もやってて、役者だけで出てる『ヴァージンハンド』とかっていうのもすごくいい。奥さんの手を切り落とすやつ」
蓬莱「役者としてウディアレンを見るってことですか?」
じんの「そうね・・あのさ三谷さんの『オケピ』って見た?」
蓬莱「ああ、見てないです」
じんの「『オケピ』のね、主人公のコンダクターって、真田広之さんがやったんだけど、そのキャラクターって三谷さんの中で「体育会系のウディアレン」だったんだって。めちゃめちゃ喋るのよ、会話と同時に自分の内面の言葉もね。『ハムレット』よりも『オケピ』のコンダクターの方が台詞が多かったんだって。とにかく一人でめちゃめちゃ喋るんだ、ウディアレンって」
坪井「それで周りの人はウディアレンの言っていることを全然聞いてないんだよね」
じんの「聞いてないよね、すごい聞いてないんだよね。あと『おいしい生活』ってのもいいかも、あれはね、銀行強盗やろうとして、地下トンネルを掘るために上にケーキ屋さんだか、お菓子屋さんだかをオープンさせるんだけど、そのお菓子屋さんの方が繁盛しちゃって困るって映画なの。だいたいそんな感じの話が多い」
蓬莱「おもしろそうですね」
じんの「犬やって、犬、ウディアレンでスヌーピー」
文中、お酒と表記されているのは、お酒先生と呼ばれている野中希嬢のことです。お酒先生、略してお酒、ですね。
稽古中に話合われているのはこんなことです。

カン「バイト先で、自分が飲んでるペットボトルをこうやっておいとくじゃないですか」
じんの「うん」
カン「それをね、勝手に飲んじゃうやつがいるんですよ」
お酒「それって怒らないの?」
カン「怒ってますよ、もう半年くらい」
じんの「それでも飲むんだ」
カン「そうなんです、しかも、怒ると、なんで飲んじゃダメなのって顔するんですよ」
お酒「ああ、それはねえ・・」
カン「まあ、これからも言い続けますけどね」
お酒「でもあれなんですよね、最近、公共機関とかで、例えば図書館とか、雑誌とか自分に必要な部分をびりびりびりって破いてもってちゃったり、切り取ったり、平気でしている人がいるらしいんですよ。閲覧室でですよ、隠れてとかじゃなくて。時刻表とかも、自分がいるページを人が見ている前でも平気でびりびりびりって破いて持ってっちゃうらしいんですよ」
じんの「へえ・・」
お酒「それでね、注意すると「どうせまた新しいの買うからいいだろう」って言うらしいんですよ」
じんの「なるほどね、それはまあ、言われて見ればそうだけどね」
お酒「それは時刻表はそうかもしれないけど、雑誌とかもなんですよ、だから、雑誌に『切り抜きあり』って書いてあるですよ、最近」
じんの「切り抜きあります、じゃなくて」
坪井「切り抜きあります、って書いてあったら、切り抜きがでてきちゃうでしょ、切り抜きが「ある」んだから」
じんの「あ、そうか、そうか、そっちにいっちゃうか」
お酒「普通に開き直っちゃうんですよ」
じんの「ホームレスも多いんだよね、図書館」
松下「図書館にホームレスが入っちゃいけないってことはないんですよね」
坪井「誰が入ってもいいんだよ、公共の機関なんだから、基本的には。でも、入らないようにしようっていうホームレス側の倫理があったんだよ、掟っていうかね」
じんの「掟だよね」
松下「一般の人には迷惑掛けないようにしようとか」
坪井「そうそう、何時から何時まではここに入らないとか、やってはいけないこととかさ、掟があったんだよ」
じんの「公共性が無くなってきたってことなの、ホームレスに」
坪井「ホームレスに公共性ねえ・・」
じんの「微妙な言葉だよね」
竹橋「でも、新宿とかからはサミットの時に排除されましたよね」
坪井「ドーナツ化現象ね、ホームレスの」
じんの「なんだよ、ホームレスのドーナツ化現象って」
カン「でも、いることはいるんですよね、そのドーナツの中心にもまだホームレスは」
坪井「いるいる。あんこみたいに中心にいる」
じんの「アンドーナツだ」
坪井「アンドーナツって言っちゃったらもう、元がなんだかわかんなくなっちゃうでしょう」
カン「アンドーナツ化現象」
じんの「わかんない、わかんない」
坪井「これ、絶対舞台でやったら伝わらないよ」
じんの「おもしろいんだけどな、ホームレスのアンドーナツ化現象って・・ダメ」
坪井「すべるって」
じんの「音がもうたまらなくいいじゃない、ホームレスのアンドーナツ化って」
カン「ドーナツ化現象までですね、ぎりぎり」
じんの「そうかあ、残念だなあ、おもしろいのになあ」
お酒「あと、お墓を倒したり、荒らしたりするのも最近多いらしいじゃないですか」
じんの「え、そうなの?」
お酒「全然関係ない人のお墓を、倒して回ったりするらしいんですよ。うさ晴らしなんでしょうかね」
じんの「人のお墓倒してうさって晴れるものなの?」
お酒「どうなんでしょう。あと、戦争の記念碑を倒したりとか」
じんの「ああ」
お酒「燃やしたりとか」
坪井「銅線が今、ものすごく盗まれてるでしょう」
カン「ああ、そうみたいですね」
じんの「そうなの?」
坪井「中国人が、ほら、オリンピックやるじゃないですか、だから圧倒的に銅が足りないんだって」
カン「神社の瓦とか、丸ごとひっぺがして盗まれちゃったりしているらしいですよ」
じんの「すごいなあ・・そうしないとできないの? オリンピックって」
坪井「できないんじゃないかなあ、っていうか危ない感じしません? 北京オリンピックって」
蓬莱「しますねえ」
坪井「危ないよね」
蓬莱「します、します」
坪井「この前、文化財に指定されているお地蔵さんを粉砕しちゃった市の職員がいたらしいじゃない」
じんの「なにそれ、粉砕ってなに? お地蔵さんって粉砕できるものなの」
坪井「それで、それで、市の上の方の人が記者会見開いて、申し訳ございませんでしたって、また頭下げてた」
カン「頭下げてもしょうがないだろうに」
松下「それって罰金とかあるんですかね」
坪井「減棒とかじゃないの」
じんの「まあ、ああいうのは形だけだからね。だって、そういう罰則とかは別にないんでしょう? 壊されることを前提に文化財に指定するわけじゃないからさ」
松下「ああ、そうですよね」
坪井「その地蔵が、ほら、かさ地蔵ってあるじゃないですか、六つ」
じんの「六つ?」
お酒「六つ」
カン「六つですよ」
じんの「あれ、数決まってるものなの?」
坪井「六つで、一個足りなくて、自分のかさをあげるんじゃないですか」
じんの「なんかもっと大勢いたような気がするけど」
松下「六つですよ」
じんの「決まってたっけ? 最後一個足りないっていうのじゃダメなの? それで話はできるじゃない、六つってあえて決めなくても」
坪井「いや、六つですよ」
カン「六つです」
オルガ「六つでしたよ」
じんの「六つだったっけ? 本当に?」
お酒「六つですよ・・それで、かさが四つしかないんですよ」
坪井「ええ? じゃあ、二個足んないじゃん」
お酒「だから、一つは自分のかさをあげて、一つは自分の手ぬぐいをかけてあげるんです」
坪井「そうなの?」
お酒「そうです、それが正しい『かさ地蔵』です」
じんの「そうなんだ。まだまだ知らないことっていっぱいあるんだなあ・・そのかさ地蔵を粉砕しちゃったんでしょ」
坪井「そう市の職員が」
じんの「なんで、そんな文化財に指定されているものを市の職員が粉砕しちゃうのかな? その粉砕するっていうのがわかんないんだけど、割るとかさ、壊すとかっていうのならまだわかるんだけど」
坪井「いや、粉砕、粉々」
じんの「見たの? その粉砕された地蔵ってのを?」
坪井「いや、見てはいないけど粉砕って言ってた」
カン「あ、言ってましたね」
じんの「カンちゃんも見たの?」
カン「見ました、見ました」
じんの「あ、そう、じゃあ、信じようか。粉砕されちゃったわけね、地蔵さんがね」
坪井「それでね、地元の人も、その地蔵さんのことがすごく好きでね、粉砕されたっていうニュースを聞いた時に、怒りとかじゃなくて、許せないとかじゃなくて、悲しくなっちゃったんだって」
じんの「愛されてたんだ、その地蔵は」
坪井「もう、その街の人々、全員から」
じんの「ショックだったろうねえ、街のかさ地蔵が、粉砕されちゃったらね。でも、文化財を守るって、すぐやる課の仕事としてはありなんじゃないの?」
坪井「地蔵守るの?」
じんの「そう」
坪井「それはすぐにやらなければならないことなんですか?」
じんの「ダメ?」
坪井「だって地蔵でしょ?」
じんの「地蔵をすぐ助ける」
坪井「なんで?」
じんの「文化財だから」
坪井「それはわかったって」
じんの「みんなで大切にしなきゃなんないものだから」
坪井「わかったって」
じんの「文化財って、なんかあるって」
坪井「地蔵じゃなきゃダメなの、それは?」
じんの「じゃあ、他になにがあるの?」
坪井「臼とか」
じんの「臼?」
坪井「臼があって、臼だ・・って言って、上の方を見上げるの? あそこからか・・って」
じんの「それで暗転しちゃうじゃない、それだけでしょう」
坪井「文化財の臼」
じんの「なんで? なんであんなに他にキャラクターのいる話で、あえて臼を選ばなきゃなんないの?」
坪井「なんででしょう?」
じんの「臼があって、殺された蟹の甲良とかあったりして、栗とか落ちてるんだよ、柿もあってさ」
坪井「栗は甘栗なんだよ」
じんの「イガイガは?」
坪井「ないの?」
じんの「なくてどうすんだよ!」
坪井「それで、聞くの」
じんの「聞くってなにに?」
坪井「だから、転がってる甘栗に」
じんの「なんて?」
坪井「おまえは役に立ったのか! って」
じんの「はじけないだろう、イガイガも皮もなかったら」
坪井「だから聞くんじゃない、おまえは役にたったのか? って」
じんの「それやる? 本当に坪ちゃん、それ、舞台の上でやる? 甘栗に向かって、おまえは役に立ったのか? って台詞言える?」
坪井「どうだろ?」
じんの「その台詞を言いたいために、坪ちゃんは生きてきたの?」
坪井「おまえは役に立ったのか」
じんの「舞台の上に転がった甘栗に向かって」
坪井「ダメかなあ」
じんの「地蔵を救出に行くってのがいいって」
坪井「だから、どこから救出するのって?」
じんの「地蔵がピンチなの」
坪井「それはすぐにやらなければならないことなの?」
じんの「すぐやる課の出番なの。でもさあ、おとぎ話っていうのはいいかもしれないよね。全体的にVol.18って、ファンタジー系だからさ、最後のエンタメがそういうおとぎ話をモチーフにしたものであってもいいわけじゃない」
坪井「ああ、それはね」
じんの「ね、いいよね、おとぎ話を絡めたほろ苦いファンタジーとかね」
坪井「それはありですよね」
じんの「ありだよね、おとぎ話」
オルガ「私、浦島太郎って怖い話だとばっかり思ってました」
カン「なんで?」
オルガ「いや、だって玉手箱開けて、それでおじいちゃんになっちゃうわけじゃないですか」
坪井「いいじゃん、なっちゃったほうが。だって、酒池肉林やってさ、それであとは一気におじいちゃんだよ、最高じゃない」
じんの「それは年をとったから言えることなんじゃないの?」
坪井「そうかな」
じんの「そうだよ」
坪井「だって、考えようによっちゃ八十まで若さを保って現役ばりばりで、ある日、これからはおじいちゃんです、っていってるようなもんでしょ、浦島太郎って。ナイスエイジングじゃない」
松下「ナイスエイジング」
坪井「いい年の取り方じゃない」
じんの「まあ、そうありたいとは思ってるけどね」
お酒「竜宮城から帰ってみたら、周りに知っている人がいないんですよね」
じんの「記憶がないんでしょ、記憶っていわないか、経験っていうか、時間の経過がない」
お酒「そうですよね」
じんの「それはだから『4400』(アメリカのドラマ)じゃない」
坪井「そうそう」
じんの「あれは浦島太郎をリアルにやるとどうなるかって話なんだから」
坪井「リアルにね・・臼がね」
じんの「本気でやるの『猿蟹合戦』『メトロ』バージョン」
坪井「ダメかなあ」
じんの「地蔵がダメで、臼はありなの?」
オルガ「でも、おとぎ話はいいんじゃないんですかね、新春の公演でおめでたい感じがして」
じんの「めでたすぎないかな?」
坪井「絶対正月ボケだと思われるよ」
じんの「かさ地蔵の話やったらね、年末に餅が買えないって話してて思いついたって思われるよね」
坪井「絶対思われるね」
じんの「じゃあ『猿蟹』ならいいのか?」
お酒「『猿蟹』は柿が出てきますからね」
じんの「知ってるよ」
カン「昔、泊まったお寺に国宝の襖がありましたけどね」
じんの「国宝かよ」
カン「普通の襖なんですけど、かなり、上級の国宝らしいですよ」
坪井「でも普通に使ってるんでしょ、襖を襖として」
カン「そうなんですよ、メシとかその側で食ったりしたんですけどね。でも、子供の落書きとかもあるんですよ」
松下「ピカチュウ?」
カン「さすがにピカチュウはなかったですけど」
じんの「それはすごいね、その家でプロレスごっことかできないじゃない」
坪井「ロープに振ったら国宝があるわけだから」
じんの「実況も違ってくるよね」
坪井「なに、実況って」
じんの「だから、プロレスの実況、おっと、国宝に振って、大きく帰ってきた、とかさ」
坪井「ああ、国宝ブレイクとかね」
じんの「国宝にタッチしてます、間接技はそこまでになるね」
松下「それで壊しちゃったりしたらどうするんですかね」
坪井「どうするもなにも、だって、元々民家の物なんだから、罰則とかはないでしょう」
じんの「自分ちの襖を国が勝手に国宝に指定してきたわけだからね」
カン「そういうことですよね」
じんの「そんなのね、襖壊したくらいで国になんか言われてもね」
お酒「形あるものはって」
坪井「言うよね、絶対に言うよねそれ」
カン「でも、寺ですよ、坊さんがいるんですよ」
坪井「坊主に言うのもなんですけど、形あるものは・・って」
じんの「おもしろいけどさあ」
坪井「守りますか、文化遺産」
じんの「理由がはっきりしないけど、なんか大切な物だから守らなきゃなんないってことだと、なんでもありだからいいんじゃないかな」
その日にあったこと、したこと、見た物の話ではなく、忘備録として書かれていますから、今日、一日『メイビー』を書かないでこんなことばかりしていたのか、と思わないでください、関係者様。

『スーパーマンリターンズ』を見る。
冒頭から全体を覆うやりきれないという気持ち。
なにをやっても痛快ではない。
なにも収束していかない。
前の『スーパーマン』のシリーズにあった、どこか脳天気な部分がまったくない。
帰ってきたスーパーマンの最初の仕事は飛行機事故を回避するものでなければならなかったらしい。
やっぱり、根深く飛行機が操作不能になり惨事へと発展していく、911のトラウマが大きく影響しているのだろう。
「あの時、スーパーマンさえいてくれたら」と心のどっかで思ったんだろう。
同じく私は『国際救助隊』をなぜ呼ばない、と思ったものだ。

『プロフェッショナルの仕事』を見て、知り合いがブログに感想を書いていたので、なんとかして見ることが出来ないか、再放送はあるのか、といろいろ調べていたら、なんと、全部ネットにあがっていた。
もうテレビって必要ないんじゃないか? と、さえ思う。
物心ついて、テレビと共に歩んできたが、決別の時がとうとう来たのかもしれない。
ネットでニュースも、こういう番組も見ることができるし、TSUTAYAで借りてきた『スーパーマン』はなんとポイントがたまっていたから、全部使ったら54円だった。
こんな陰々滅々としたエンターティメントを映画館のあの椅子に座って1800円出して二時間じっとしていなければならないかと思うと、あんま、映画館で映画を見るという手段に未来を感じない。
どこでも、見たいときに見たい姿勢でみるべきものなのではないか。
演劇だけが、そうではない、というところの差異を誰がどれだけ気づいているのか?

『夜中に起こった奇妙な事件』という小説読了。
元は児童文学だったらしいが、書かれている内容があまりにもハードな大人向けの内容だったらしく、すぐに大人向けとして出版したという・・

自閉症の主人公が殺された隣の犬の犯人を探偵して捜し出す話。
こうなるときわものぽいが、自閉気味の子の論理がきちんと徹頭徹尾貫かれている。
映画化も検討されているらしいが、たぶん無理だろう。

高校の時、この小説まで進んではいないが、似たような奴がいた。
今、思い出してみると、彼の口癖は「なぜならば」だった。
「なぜならば、僕はそれが嫌いだからだ」というような物言いをしていた。
 なんで、そんな言い方をするのか、不思議でしょうがなかったが、ついに謎が解けた。
 そうやって喋るんだ。
 それが、文法なんだ、
 あのとき、それがもっと明確にわかっていたら、会話がノッキングすることはなかったのに・・
『スズメバチ』
 坪井君と藤村君でエンタメをやる、というのは割と最初から決まっていたので、さあ、どうしようか、なにがいいだろうって話を本当に漠然と延々していたわけですよ。途中、迷走に次ぐ迷走。「日本昔話」をテーマに二人芝居はできないものなのか? とか、今、冷静に考えるとみんなで真面目な顔して何を言っていたか、ということまで真剣に検討していたんです。もう、今となっては楽しい思い出ですけど。その時、候補として残ったのが『猿蟹合戦』と『傘地蔵』でした。
 候補に残ったのが、ですよ、候補に挙がったのが、じゃなくて。検討して残ったのがその二つだったわけです。
 『猿蟹合戦』と『傘地蔵』。
 それで『メトロポリスプロジェクト』ですよ。二人芝居ですよ。どうやってなにを作るつもりだったんでしょうかね。
 出来ると思っていたんでしょうかね。
 でも、知らなかったんですけど『傘地蔵』の地蔵さんって六体だったんですね。
 話あっているうちに、思わぬ真実を知らされましたよ。
 おじいさんが持っていた傘が四つ、それで地蔵が六体。これが正解らしいんです。
 それで、五つ目のお地蔵さんにおじいさんは自分の傘をあげ、六つ目の地蔵さんに自分の手ぬぐいをかけてあげたんですね。
 たんですね、っていうのも昔話に対してどうかと思いますけど、そうだったらしいですね。
 だから、らしいって、なんだ。
 (この項、続く・・)
 
『ダビンチ2』
 犬と人間、会話になっていないけど、会話のように聞こえるやりとりを二本分作らなければならないわけです。(15分の二人芝居を二本だから30分だ、えらいこっちゃと思っていたら、両方とも延びに延びて、結局、『ダビンチ』は2つで36分となったんだけどね。もう大作ですよ、短編としては)作っている最中、どうしても稽古場で「犬のやつなんだけどさ」とか「犬のあれねえ・・」なんて話していると、そういうつもりはまったくないんだけど、なぜか思いつくこと、思いつくこと、みんなコントっぽいものばっかりになってくるんですよ、不思議なことに。それで、これはよろしくないと。
 なにかみんなで別のイメージを共有できる言葉をコードネームとして探さなければ、どんどん、コントになっていく。
 なにが『メトロ』の犬なのか、どれが正しいのか、ということをあっという間に見失ってしまうんです。
 とにかくタイトルをなにか考えて、そこから始めた方が、ってことになり、ハードボイルドの小説のタイトルをつけてみたらどうだろう、ってことになったんです。
 稽古場で「犬やろうか」とか「次、犬のやつね」ときあ言わないで「さあ、『ロンググッドバイ』やろうか」っていうと気分も違ってくるんですよ。
 いや、本当に。
 よくダメな会議はこんなやりとりがある会議だ、とかサラリーマンの実用本にあるようなことなんだけど、稽古場にもやっぱりモチベーションを維持し、発想を自由にする工夫ってもんが必要なんです。
 演劇を作っている過程というのは、とても閉鎖的なんです。まずすべて基本的には部屋の中で行われるわけですから。
 淡々と話合いは続いていく。
 だから、こういうちょっとしたことで、風向きが変わり、いろんな物の見方ができるようになったりするものなのです。
 『ロンググッドバイ』邦題『長いお別れ』これがまず『犬編』のタイトルの候補としてあがりました。
 『長いお別れ』いったい犬はなにと『長いお別れ』をするのか? 様々な可能性が広がるいいタイトルです。
 これで話が作れなかったら筆を折ったり、ワープロのキイボードをバラバラ砕いた方がいいくらいです。
 でも、ここでもすぐに『長いお別れ』にすんなり決まったわけではなくて、他にも候補がいろいろあがり、それを全部検討したあげくの『長いお別れ』なわけです。
 ちなみになにがあがったかというと。
『大いなる眠り』
『三つ数えろ』
『マルタの鷹』
『初秋』(渋いね、我ながら、こんなの犬の話のタイトルにしようなんてね))
『深夜プラス1』(なんてのも、なにかありそうなタイトルだ。内藤陳さんにお見せしても恥ずかしくないものができると思う)
『酔いどれの誇り』
『甘き口づけ』
『血の収穫』
『ガラスの鍵』
『闇の中から来た女』
『影なき男』
『夢を見るかもしれない』
『愛と名誉のために』
『二度目の破滅』
 素敵なタイトルが多いなあ。
『さらば愛しき女よ』
『動く標的』
『わが心臓の痛み』
『夜より暗き闇』
『天使と罪の街』
『暗く聖なる夜』
『裁くのは俺だ 』
『笑う未亡人』
『メランコリー・ベイビー』
 でもって、やっぱり『長いお別れ』だろうと。
 『大いなる眠り』とか『三つ数えろ』とかじゃあ、ないんだよなあ。
 『さらば愛しき女よ』まで行っちゃうと、ちょっとドラマチック過ぎて、話が追いつかなくなる。
 このあたりの見極めを間違うと芝居が終わってタイトルが出た時に、失笑を買うことになってしまうわけです。
 で、『長いお別れ』がキイワードとなりました。
そのうちホームページのどこかに『メトロ』の解説のページを作らなきゃなんないんだけどね。
これは今回のお話達について・・


『ダビンチ』
 犬が出てくるっていうのはもう三年くらい前からアイディアとしてはあったんですけど、なんたって犬ですからね、犬をやっても不自然ではないっていうのも、なんなんだけど、言われれば犬に見えて、なおかつ愛らしい役者ってのがなかなかいない。えらい長い間、保留になっていた物件なんですけど、今回、蓬莱大介という役者の『メトロ』登場によって、ついに蔵出しとなりました。最初は『犬物(いぬもの)』というコードネームで呼んでました。二本とも大きなテーマとして『結婚』はどうだろうか、というのは最初から決まっていたと思います。さて、犬の名前をどうするべ、という話になり、候補はいろいろあがったんです。犬を出そうと思いついた時から、短編をさらに細かい短編に分けていくという発想はありました。とにかく『スヌーピー』をやりたかったわけです。あのマンガのような演劇って作れないものだろうか? ってね。
余談ですが、『スヌーピー』って舞台になったことがあったんですよ。まあ、元はブロードウエイだかの舞台だったのを日本人でやったんですけどね。確か銀座の博品館でした。スヌーピーが市村正親さんで、チャーリーブラウンが小堺一機さん、んで、あの女の子、サリーじゃなくて、もちろんペパーミントパティじゃなくて、なんだっけ、あの妹じゃない方の女の子、ピアノ弾いている男の子が好きな子、を、池田(パワーパフガール)有希子さんがやっていて、これはこれでいい舞台でしたね。
 二幕目の冒頭にスヌーピーのソロがあるんですけど、圧巻でした。
 あ、書き忘れましたがこれはミュージカルでした。
 このスヌーピーのソロは、さすがと言いましょうか、まあまあ見事なもんでした。
 それはさておき『スヌーピー』のマンガってのは、短編の作品として非常にすぐれたもので、しかも、日本語訳を谷川俊太郎さんがなさっているので、台詞がとても良い感じなんですよ。で、いつかこれはやりたいなと。
 余談をもう一つ。
 この『スヌーピー』の作者であるシュルツさんは膨大な量を描き残してくれたわけですけど、最終回を書き終えた次の日だかに亡くなっているんですよ。
 生涯の仕事だったわけですねえ『スヌーピー』を描くということが・・
 うやらましい話です。
 晩年、手塚先生と同じように手が思うように動かなくなって丸が描けなくなってしまったんです。確かに最後の二年くらいの作品はみんな、面線(って言わなかったっけ)がびびっているんですよ。
 顔の輪郭の線がびりびりしているんです。
 その画を見た時は、とてもとてもショックでした。
 こうやって今、書いていても泣きそうになります。
 まあ、それもさておき、。短編内短編で相手が犬の二人芝居ですよ。いろいろと決め事を作っていくところからスタートしなければなりません。
 犬には耳がついているのか? しっぽはどうなのか? 『スヌーピー』に出てくる犬のご飯のお椀は出てくるのか? もしも、お椀が置いてあるとしたら、その中にご飯は入っているのか? 入っているとしたら、犬を演じている役者は、どうやってそのご飯を食べるのか? などなどなどなど・・
 そもそも、手で何かを持つことができるのか?
 考えられることはみんな出して、それを一つ一つ検討していくわけです。
 でも、耳をつけたり、しっぽをつけたりするのはやりたくはなかったんです。
 犬を出す、とか、犬を演じるということはそういうことではないだろう、と。
 話が始まって、これは犬なんだ、とわかるまで時間がかかってもいい、ぐらいの気持ちでやろう、と。
 そして、脚本はちょっとテクを駆使しなきゃなんない。
 なんせ、人間と犬は会話ができない。
 犬は人間の言葉がわかり、それに対して返事はできるが、人間にはただ吠えているようにしか見えない。
 人間は、勝手に独り言を喋っているのだけど、犬の返事と、独り言が妙に噛み合ってて、まるで会話をしているかのように見えなければならない、わけです。
 やりとりはまるで会話、でも会話はしていない、作品です。
 この項 『ダビンチ2 長いお別れ』に続く。

『SINNBASI』
 第百話で登場したダイアナ先生なんですけど、佐藤アトムくんがルドルニアという国に旅して、出会った日系ハーフで、『メトロ』の役者の間では「ダイアナ先生は二度と登場することはないだろう」と言われておりました。
 でも、北欧の人が日本に来たら、いくらでも出られるじゃん。
 というところから始まった話です。
 というところから始まったもなにも、とにかくダイアナ先生再び、ということなんです。
 来日するからには、外国人から見た日本ってのをやっぱりちゃんとやった方がいいだろう、ってことで、最初のタイトルは『ダイアナ先生、秋葉原へ』というものでした。
 そうです、日本といえば、秋葉原。
 電気街からオタクの街へと変貌を遂げた秋葉原が、いったいどんなふうに帰国子女の目には映るものなのだろうか? 
 なんてことを延々話したりしていたんです。
 野中希嬢と塚本拓弥君ことタクちゃんの組み合わせでいくことも、割と初期の段階で決まっていたので、途中でタイトルを『教えてタクちゃん』に変えようか、なんて話も出てました。
 オタク入門をやろうと。
 でも、オタク入門をオタクっぽくやる。
 世のオタクと名乗る人々が見ても納得のいく、オタクの街ガイド。
 とか、いろいろコンセプトやらキイワードは出るんですけど、どれもこれも、なんかいまいちなんですよ。
 手垢にまみれてるっていうか、誰でも考えつきそうな事なもんだから。
 それで、もっと比較文化の話にならないものか、って話あってて、外国に行った時、何に一番、違いや差を感じるだろうか、って話になったんです。
 坪井君はよくロシアに行くもんですから「ロシア人はウオッカを水代わりに飲むんですよ」という事を詳細に話してくれたんです。
 で、私は私で中国語圏を旅する人間なの「そういえば、中国人は本当に食べることに関しどん欲だけども、日本人みたいな酔い方ってしないよね」って話になったわけです。
 まあ、そんな流れで「日本の酔っぱらいを観察する話」はどうだろう、というところに着地していくわけです。
 酔っぱらいなら新橋だろうと。
 こうなるともうミーティングしててもしょうがないんです、実際に新橋の駅前に行ってフィールドワークをした方が早い。
 テレコを片手に夜な夜な、といっても十時くらいから終電くらいまでですが、新橋の駅前のSL広場をうろうろするわけです。
 テレコを片手にというのは、実際に会話を録るのではなく、私が耳にした言葉や、その時、思いついたことを喋って吹き込んでいくんです。それを家に帰って聞きながらワープロを叩いていく。これが私のフィールドワークの方法です。
 昔ね、『櫻の園』っていう映画の脚本を書いた時にも、これをやったんです。
 これの話はあちこちに書いたり喋ったりしているので適当に割愛しますが、現場に行って、生の会話をひたすら収集していくわけです。とにかくひたすらね。
 もう脈絡なんてないけど、集めていく。
 そこで話されている会話の断片を残らずね。
 ちょうど、忘年会シーズンだし、お目当ての酔っぱらい達は、それこをうようよいらっしゃるわけですよ。
 何日か新橋参りが続いたわけです。
 でも、あれ本当に毎日、どっかのテレビ局がカメラ担いで道行くサラリーマン達にインタビューしているんだねえ。
 本当にそうなんだ、と改めてびっくりですよ。
 行くと必ずいる。
 だから、最初は新鮮な感動があったけど、そんなものはあっという間に薄れてしまいましたね。
 あと、テレビのインタビューに答えている同僚の後ろで「ピース、ピース」ってやっている奴。
 ねえ。
 私なんか、全然関係ないんだけど、なんだかへこみますね、あれを見ていると。
 なんなんだろう?
 なにをくらっているんだろう?
 いつか『メトロ』でこの「ピース、ピース」達をやってやる、と堅く心に誓いましたね。

『霊安室の遺体』
 『メトロ』初めてのミステリーなんですけど、元々、私、ミステリーって苦手なんですよ。どこまでも考えれば考えるほどとっちらかって行くんです。考えられる可能性をみんな出していくわけじゃないですか、それで、可能性を潰していって結論を出す。
 これがねえ、大変なんですよ。
 考えられる可能性って、実は無限にあるんですよね。推理のための推理劇を考え出しちゃったりとかね。犯行の動機なんて、本当はシンプルなものが一つあればいいんですよ。誰もが納得できる単純なもんでね。動機がミステリーの核になっていないにもかかわらず、動機を二転三転させてみたりとかして、もうそれは大事になっていくわけです。
 5W1Hのすべてに見せ場を作ってしまうことを考えてみてください。
 どえりゃーことになるわけですよ。
 本当に収集がつかなくなって、もう途中で、犯人誰だとか、そういう些細なことにこだわっていられなくなっちゃうんわけです。
 でも、だからといって「ミステリーとか、謎解きものはちょっとね」とは言ってらんないですからね。
 なんたって『メトロ』は三百話あるわけですから、好き嫌いにかかわらずやっていかないと。
 偏食はいけません。
 まあ、『メトロ』が五十話を過ぎたあたりから、この『霊安室〜』みたいな本格的って言ったらまた違うんだけど、ミステリーミステリーしたもんじゃなくても、それまがいの物はやっとかないとねえ、という話はずっと出てはいたんですけどね。
 今回、先に『夜の訪問者』の内容と方向性が決まって、となると、どうしても、あのカンちゃんをあそこまで揺さぶった事件は本当はなんだったんだろうか? って見ている人は思って、消化不良になるんじゃないか、って思ったんですよ。
 まあ、短編だから「あれはああいうもんでね、事件っーもんは別にあんま関係ないんですよ」ってことでもいいっちゃいいんですけどね、でも、そこをなんとかするのが『メトロ』だろうと。
 よくわからないこだわりがあり、そこからやっぱ『名探偵コナン』みたいに『解決編』があったらどうだろう? ということになっていくわけです。
 それとはまた別の話で、テレビでさんざん『なんとか探偵』とか『刑事なんとか』『なんとか刑事』ってのをやっているけども、あれはよくネタ切れにならないね、って話をしていたんですよ。『バスガイド探偵』とかね、だからなんなんだってタイトルがシリーズ19とか書かれていたりして「い、いつの間に?」ってびっくりするわけですよ。
 そのうち人間じゃなくてもいい、とかになるんじゃないか、って思ったんだけど、考えたたらとっくの昔に『三毛猫ホームズ』なんてのがあったのをふいに思い出したりしたんですよ。
 あのですね、私は赤川次郎さんのファンでした。
 三冊目が出たあたりから、ずっと追いかけて読んでました。
 それまでのミステリーにはない、だらだらとした日常的な会話に惹かれたんです。
 サイン会にも行きました。
 サインの横に『三毛猫ホームズ』って書いて、ホームズの足跡をサインペンで書いてくださいました。
 『セーラー服と機関銃』なんかが流行った頃「遅いよ」と嘯いていたのは私です。
 猫が探偵やるんだったら、人間が探偵をやったらどうだろう、『人間刑事(にんげんデカと読む)』。
 刑事が人間・・これは今まで・・とか言ってたわけです。
 『メトロ』を作るための雑談はこんなことばかりを延々話ています。
 まじめにね。
 で、オルガちゃんが今回、幽体離脱するわけですけど、幽体離脱できる人が探偵だったらいいのではないか。
 『幽体離脱探偵』これはいいんじゃないか、ってことになったわけです。
 『人間刑事(にんげんデカ)』よりもね。
 なんたって幽体離脱しているわけですから、瞬間的にその現場に行って戻ってこれる。
 移動する描写が一切いらない。
 なんて便利!!
 幽体が離脱できるのなら、離脱してしまった体の方は、もう絶対に何があってもその場を動かない方がいい。
 その場を動かないけど、その場ではいくらでも動いていい、となると、もうこれはミステリーの王道の『安楽椅子探偵』をやるしかなくなってきちゃうわけです。
 必然ですよ、そんなもん。
 レクター博士よりも動かない。
 もう、この二人がいる場所とか、どういういきさつで、二人がこの場にいるのか、とか、そいうことすら一切説明がなく、本題に入る。
 幽体離脱できる女子高生と刑事がいる。
 以上、って感じです。
 『霊安室の遺体』なんて、今にも眠りの小五郎が謎解きを始めそうなタイトルの話が、まさか『メトロ』に出て来ようとはねえ・・
 数やっていくもんですねえ。
 
早くも千秋楽。
あと、3ステで終わりかあ。
演劇は風に書かれた言葉である、とはよく言ったもんだ。

さて、次のVol.20、21の準備に入らねば。

『ダビンチ』が好評でよかった。
あのシリーズはまだまだ続きます。
後々、スピンオフで一本の芝居を作るつもり。

そして、6月の公演の台本を書き終えなければならない。
もう、枚数も尺も、とっくにオーバーしているので、あとは刻んでいけばいいだけなんだけど、その勇気が・・

さらに、今日、まったく別の実験的な芝居の打ち合わせも同時に行う。

『ピクルスくん』シリーズ(仮題)とここでは呼ぶことにする。
さっき、暫定でピクルスくんの大きさを決めた。
まずはそこからだ。

を過ぎましたな。

楽屋で台詞を聞きながら、別の原稿を書く日々。

『メトロ』Vol.18

明日はVol.19の初日。

いろんな人に感謝、感謝!

『メトロ』は二人芝居の連作なので、稽古場でおのおのバラバラに稽古している。
演出がいて、机に座って、稽古をしているのをみんなが膝を抱えてみる、という状況ではない。

ひたすら通しているのもいるし、台本を読み直している者もいるし、DMを書いている者もいるし、たばこ吸っているのもいるし、飯を食っているものもいる。

そこを順番に、というかランダムに私が回っていって、出来ている部分を見て、あーだ、こーだ言うわけだ。

そして、普通の稽古場と違い、役者が他の役者の芝居について、アドバイスをする時間がある。
「もっと、こうやった方がいい」「ここはこうだろう」と台本を広げて、サジェスチョンする。

あまり他の稽古場では見られない風景だ。
当然、人の稽古の声が耳に入ってくるが、聞いている場合ではない。
自分の台詞に集中しなければならず、それは並大抵の集中力ではない。

人が人にダメだし(この言葉なんとかならんのかな、ダメを出しているのではなくて、その人をよく見せるための助言でしかないのに)しているのを見て、我がふりを治す役者もいる。
人それぞれ、自分の台本だけを読んでいる役者が当然、進歩が遅い。
周りを見る。ここがどういう創作の場であるかを絶えず確認しながらその場にいる。

こんな簡単なことが、できない。
病巣は深い。

でも、そんなことも言ってられない。

本番まであと五日。
良い感じの仕上がりである。
みんなで自画自賛しあっている。
この楽しみといったら。

幕が開いたら、お裾分けできると思います。
 マグロのご飯を獣医さんのところへ買いに行く。
 マグロは何度もここに書いている通り、病気を持っているために、食事が制限されていて、定められたご飯しか食べられない。
 でも、本人はそんなことはおかまいなしに、魚系の食べ物があると、すぐかぎつけて寄ってくる。
 その素早さにやはり「け、獣だ」と、痛感する。
 でも、食べると(体が受け付けないのか)吐くので食べないでじっと見ている。
 かわいそうだが、どうしようもない。
 
 獣医さんは大盛況で、待ちながらまた原稿を書いていた。
 この仕事がいいところはどこでもいつでもできるということだが、せっかく獣医さんのところにいるのだから、きちんと、病気になっている犬を観察する絶好の機会ではないか、ともう一人の自分が囁きかけてきたりもする。
 因果な商売である。
 
 映画の打ち合わせが一件。
 私には関係ないんだけど、角川はリメイク路線を続けるらしい、次は『転校生』だとか。
『時かけ』もやってたけど、全然話題にならなかったなあ。
 あの後、アニメにもなってたけど、アニメの方は一応みておかないと・・
 まあなにもかも『メトロ』が終わってからだ。

『メトロ』絶賛稽古中。

 だけど、細々としたことが様々あって、とにかくこなしていかなければならないことだらけだ。
 雑用の集積を作品と呼ぶのか。
 そうかもしれない。
『ゴッドディーバ』を流しっぱなしにしながらひたすらまだいろんなものを書いている。

 『探偵物語』の『犯罪大通り』の回を見る。優作さんの芝居がキムタクそっくりと言われて見てみたら、本当にそう見えてきた。
 石橋連司さんが若い。
 そして、成田三樹夫さんはいったいなにを考えてこの芝居をしてたんだろうか、と考える。

 が、その答えが出る前に仕事に戻る。
 
 今回の『メトロ』の散らかりぶりは見ていてとても美しい。
 理想の形になりつつある。
 手応えを感じる。
 
 美は乱調にあり。
 いい言葉だ。

しかも『ニューシネマパラダイス』を流しっぱにしてちらちら見ながら書いてたんだけど、泣いてしまった。

ラストを知っているうえで、頭から見直すと映画にまつわる断片がこんなにもちりばめられ、輝いている映画だったんだなあ、と再確認した。

有楽町で見て、劇場を出て駅に向かう途中の信号待ちで号泣した。
その時のガールフレンドが「東京駅まで歩こう」とずっと背中をさすってくれていた。

信号待ちをしているうちにふっと映画のシーンがフラッシュバックした時、感情が堰を切った。
こんな風に堰を切るのなら、いくらでも歓迎だ。

どこまでいけるのだろうか?
ここまでいけるのだろうか?

夜、飲み屋で美術の深海さんとたまたま一緒になった。
椎名林檎さんのファンクラブに入っている彼は、ファンクラブだけで発売している豪華ボールペンを自慢しに来てくれた、
そして、「それだけなんだけどね」と去っていった。

いとおしい人だ。

『メトロ』本番まで一週間を切った。
ご予約はお早めに。
もともと席があまりない公演ですので・・・


書いていた。
当日パンフの原稿が400字で60枚を超した。
いいのかなあ、こういうことして。

今日のまぐろ 下半身です。
よくこんな足で、こんな体を支えているもんだ。


IMG_3718.gif

 公演の準備の日々。
 そんな中、辞書のソフトATOKを新しくした。
 かなり相性はいいんではないか?
 きれいに変換してくれるし、いいかんじでアバウトだ。
 
 さあ、これでもう環境は整った。
 あとは書いて書いて書いて書くだけになってしまった。
 
 というわけで書いている。

 が、終わらない。
 
 『サンダーバード』を流しっぱなしにしている。
 『ジェットモグラ登場』を2回見た。
 『ペネロープの危機』を3回見た。
 あと、オーシャンパイオニアの回も。
 海面すれすれを飛ぶ1号と2号の姿に毎回「ああっ」と思わず溜息がでる。
 2号が間違えてミサイルをくらう話なんか、見るたびに尾翼が燃えるカットで怒りがこみ上げてきて、仕事にならなくなる。
 国際救助隊を撃つんじゃないよ!

 『ドードー』を書かなきゃなんないのに、『メトロ』に忙殺されている。
 これがあと10日続くのか。
 
 もっと早く書けないものか。
 なんでこんなに時間がかかるんだ。

 今日のまぐろ、あんまかわいくない。

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いろいろ毎日書いたりしているんだけど、一日ワープロに向かってるのは飽きるねえ。

年末年始、『ウエストサイドストーリー』を三回見た。
よくできた映画だねえ。
そして、最近は『ノートルダムの鐘』をひたすら流しっぱにしている。
映画としてはどうかと思うけど、ミュージカルとしてはかなりいいよなあ。
話がどうしようもないから、とにかく音楽も画も死力を尽くしたという感じ。
あきらめない、という信念が伝わってくる。


下の写真は虐待しているわけではなくて、マグロの方からじゃれてかみついてきているところです。
念のため。
マグロはこれで楽しんでいるのです。


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『朝までなま鶴瓶』を見ながら正月あけたというのに大掃除の続き。
『ますだおかだ』のライブを見る。
いくつか、漫才としてすぐれたモノあり。
まったく参考にはならないが、拍手しながらぜんざいを食べる。
風邪、ひどい。
夕方、爆睡する。

夜、なんとか起きて今日のノルマ分の文章を書く。

今日の写真、たまにはセルフポートレイト

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そして、個展用の写真などなど


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を見る。
これが今年の見納めとなる。

今年も何本見たんだろうか?

秋葉原デパートが夕方4時で55年の歴史を閉じるというので見に行った。

萌え系の店がさらに増えていた。
でも、もう判別がつかない。
なにがなんやら。
帰りの電車の中で正面に座っている人がスピリッツを読んでいた。
『20世紀少年』の映画化について巻頭カラーで載っていた。
一大事業だなあ。

『のだめ』も『デスノート』も当たったんだから拙著の『ラブレター』もそろそろやってくれないかなあ。
あれが再度売れてくれると、だいぶ楽になるのに。
どうかね、書道物は。

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