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を見る。
とくにストーリーはなく、映像詩のようなもの。
自分がいつも言葉に拘泥しているために、こういう対極の映画をみるとうらやましくてしょうがない。
一時期は『環境映像』なんて呼ばれかたをしていたが、あの脈絡のなさと編集のアバウトさはこの映画にはない。
こういうのを作ってみたいと思うが、その反面、映像の舞台となっているのがアジアの都市なので、どうしてもフランス人が見た、アジアの都市、人々、生業の興味深さが、画のコンティにゅてぃに影響していることがちょっと鼻につくが、まあ、それは許容範囲内。

ルコントはとても好きな作家で、一番好きなのは『橋の上の女』なんだけど、最初に見た『髪結いの亭主』の衝撃がわすれられない。
どうしたら、こんなにも脳天気な悲劇を作ることができるのか、当時はまったくわからなかった。

前にも書いたけど、この『髪結いの亭主』はたまたま市川準監督と並んでみて、帰りのエレベーターのなかで「なんか話さなきゃ」と思いつつも、無言のまま二人別れた記憶がある。

以前、この手の手法の映画で『コヤニスカッテエィ』という映画があっただけど、これもあまり話題にならず、私はβにダビングして何十回と見た。
とにかく、こういうのが好きなのだ。
自分が会話劇をやっているとか、物語をやっているという反動からかもしれないけど、こんな風にまるで作為がないものにたいして、ただ、純粋に驚きをもって見続けることができるのだ。

そして、やがて、作為がいかに見ている人の心理になにかを強要していることにきがつかされる。

もっとなにもないものを、なにも考えずに見たい。
という欲求がある。
そして、先日も書いたが、それをじゃあ、自分で作ることができるのかというと、その方法論と、度胸がないことに愕然としてしまう。

しかも、作っているのが、これまで人間の微妙な機微をきちんと描いてきたルコントであることも、本当に驚きだ。

そして、『日本沈没』を途中まで見た。
でも、ちょっとつきあいきれなくなった。
なんのためにリメイクするのか?
実はこれは今、自分のみに降りかかっている火の粉でもある。
慎重に、大胆に、壮大なことをこつこつと。

デジキシンという篠山きしんさんが出しているDVDの写真集シリーズの彩輝直さんのやつを買った。
宝塚の人で、かでなれおん(かなでれおんだっけ?)とか、そいういエロ路線のものではいけど、やはり篠山さんの写真の用意周到ぶりはあなどれない。
さっきの話じゃないけど、ホントに物語りを排除したただ美しいものをつくってみたくてしょうがない。
目のグルメのようなものを。

物語の呪縛から私はこの先のがれることができるのか?

可能性は低い。物語をまず、なんとかしなければ、なんてことを思っていると、ものすごくブルーになる。

やりたいけど、その前にやらなければならないことが多すぎる。
全ては自分の撒いた種ではあるのだが。
なんとかならんか。

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まるで別の動物みたいだ。

今日もひたすら小説書き。
終わらない。
左手が腱鞘炎になった。
特に親指がぴんち。

を見た。
エフェクトの参考になった。
『天使〜』を全面改定しようと思っているので、その準備も始めているところ。
参考試写というところ。

連続人形劇『ピクルスくん』試演会の日。
今日は午前中から3ステやった。
第5話『シャワシャワくん』の巻。

あとは部屋の片付けをしながら、飽きると小説書き。
この方が双方はかどるんですよ。

寝室を大改造する予定。

かごちゃん、引退かあ。
そんなにタバコ好きなのかなあ。
っていうか、隠れて吸う、とか、いけないとわかっていて吸うという、ホリエモンが掛かっている病気、リスクジャンキーになっているのではないのか?

かわいそうに。
逸材だったのに。

でも、思ったより夏川純さんが元気でよかった。

そして、昨日、書き忘れたけど『有頂天ホテル』ってカメラ山本さんだったのね。

実はこれに、ものすごいショックを受けている。
ずっと高間さんだと思ってみていたもんで。
高間さんにしてはなんかちがうな、とは思ってたんだよね。

どうして、山本さんになったんだろう?
『フラガール』もそうじゃなかったっけ?
『地球を回す』も、そうだったけど。

一手に引き受けている感じだなあ。

を見た。
教科書のような映画だった。
ラス前まで「別に教科書はもういいんだけどなあ」と思っていたら、最後の方でちょっと三谷さんぽくなって安心した。
別に心配しながら見ていたわけじゃないんだけどね。

シルクドソレイユのドキュメンタリーを見続けている。
100日前になった、まだ演目への手直しが続いている。
胃が痛い。他人事なのに。
そして、チケットの予約が始まって完売の日とかがでている。
まだ中身ができていないのに。
胃が痛い。

中野の駅前の不二家が営業を再開した。

ウインドウにはまだ数種類のケーキしか並んでいないが、お客さんを迎える店員さんの表情に胸打たれる。
並んでいるお客さんに心から「ありがとう」と言っているのがわかる笑顔。またここで働くことが出来てそれが「うれしい」という笑顔。
営業スマイルであって、営業スマイルではない。
仕事をしている者の笑顔がそこにあった。
ケーキを二つ買った。
彼女と食べた。

ピクルスくんの新しい話『ハイヒールさん』の巻を書き始めた。
真っ赤なハイヒールに目玉が着いているハイヒールさん。
ピクルスくんが聞くの「ハイヒールさんはうんちもらしたことある?」
(本当にこういう話なんです。人形劇でこういうのやりたかったんだ)
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『メトロ』の吉久と宇佐美の話のための参考試写で『ジャッカルの日』を見る。
 あの『ジャッカルの日』である。
 最近、ブルースウイルスでリメイクされたあれである。
 実は初見。そうか、こういう話だったのか。
 映画史に残っている(はず)作品だけあって、ものすごくおもしろいんだけど、じゃ、これを作れって言われて作れるほどの度胸があるかっていうとねえ、なんて、思って見ていた。
 淡々としているものっていうのはいいねえ。ついつい『ミュンヘン』と頭の中で比較してしまうが、こっちの方が全然いい。
 当たり前か、っていうのも変な話だ。
 本当は参考になるというよりも、そのものずばりの映画があるんだけど、借りにいくのが面倒で『ジャッカルの日』を見てみたんだけどね。
 その、そのものずばりの映画ってだいたいDVDになっているんだろうか?
 っていうよりも、VHSだって発売になっているかどうかわからない。
 TSUTAYAで探すのが大変そうな映画なんだけどね。
 っていうか、TSUTAYA、棚の並びを変えるのをやめてくれないか、本当に。
 わかんねーって。
 
 小説、ついに450枚を越えた。
 終わりそうにない。
 でも、来週の半ばにはなんとか、という感じ。

 『メトロ』も書き進めている。
 今日、とある一話の後半部分のめどがたった。
 昨日、稽古の間になんとなく思いついたものをちょっと形にしてみたが使えるかどうかわからない。
 坪ちゃんと中山の話だ。

 なんたって、今回15本〜18本だからね。
24本くらい書いてみて、その中から厳選して上演する、くらいの気持ちでないとねえ。
 24本っていうと、普通のテレビドラマのほぼ2クール分だ。
 『サザエさん』でいうと8週分だ。
 8週っていうと2ヶ月半ってとこか。
 おお、五月の末までに『サザエさん』に例えるなら2ヶ月半分のエピソードを作らなければならないってことか。
 『サザエさん』に例えると、っていう芝居も世の中に、そうそうなかろうってもんだ。

『マスオの愛妻弁当』
『うちの紙芝居屋さん』
『押し入れのヒミツ』
『マスオの気遣い帳』
『カツオ手編みが怖い』
『イササカ先生スランプ中』
『姉さんは謹慎中』
『こたつ依存症』
『おでんに誘われて』
『タラちゃん、パパになる』
『カツオ脱出の知恵』
『走るマスオ』
『これぞ七草』
『二十歳になったら』
 最近の『サザエさん』のサブタイトルはこんな感じだ。

 そういえば、前に若い女子の役者の前で「締め切りがあってさあ、大変なんだよ」と、こぼしたら「じんのさん、イササカ先生みたいですね」と真顔で言われたことがある。
 どこをどう突っ込んでやろうかと思ったけど、次の瞬間、自分の中でなにかが折れてしまって、言葉が出てこなかった。
 負けたぜ、と思ったことがある。
 
 それ以外にも、ちゃんと仕事もしている。

 大きめの仕事。
 またもや、とりとめのないメモ書き。
 覚書からのスタート。

 実現するかどうかは映画の神様のみぞ知る。
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『カポーティ』を見た。
 見る前からたぶんこれはあれだろうと思ってたら、まさにその通り、好きな映画だった。
 でも、なにがおもしろい、と訊かれても具体的に、なにとか、どことかははっきり言えない。
 またしても僭越な物言いだと思うけど「あ、なんだ、こういう人は私だけじゃないんだ」という安心感と、人からみたら私はこんなふうに見えるのか? という絶望感がないまぜになっている、おもしろさ。
 だから、おもしろいというのとはまたちょっとちがうかもしれないなあ。
 非常に興味深いというかね、ここで描かれているカポーティという人の人に対する視線がね。
 あんたこそが『冷血』だ。っていう感じで作ろうねって、言って作ってるんだろうなあ。
 彼の他人との距離のとりかたとかがね。
 こういう人って映画にするに値するような、奇人なんだって思った。
 そんなことない、普通だよ、この映画で描かれている作家の日常なんて、と思っているのは私と私の周りの人々だけなんだろうなあ、なんて思った。
 自分が見せ物に値するって思い知るのは怖いねえ。
 って、そこまで含めておもしろがっているんだけど。
 にしても『冷血』を書いている最中から「これは傑作になる」とか「今までにない文学になる」って自分で言っているあたりがなんとも。
 どうして『それ』がわかったんだろう。
 そして、どうして、その通りになったんだろう?
 本当に興味はつきない。
 1984年にアルコール中毒で死んでいる。
 『冷血』以降、作品を一つも完成させていない。
 恐ろしいねえ。
 劇中で出てくる台詞だし、たぶん、『冷血』の前書きか後書きとかで読んだ記憶があるんだけど「犯人と自分は同じ家で生まれて育って、彼は裏口から出て行って、私は表から出て行っただけだ」って言うんだけどね。
 それはそうなんだよなあ、って。
 思うね。
 人が言ったことを94パーセント覚えていたっていうのもすごいなあ。
 でも、これもわかるなあ。そうなんだよね、覚えているもんなんだよね、興味があれば、だけどね。
 いや、そういうのも含めて、いろいろわかって、わかりすぎるもんだから、見ていて、だんだん、自分の視線が下がってきて、画面を見るよりも、画面の下を見ている時間の方が長くなったりしていた。
 でも、どうして『冷血』以前には、『冷血』のような物がなかったんだろう?
 そっちもまた不思議だ。
 気がついたら『テロルの決算』とか図書館に並んでいた年なもんで、そのあたりのことがよくわかりません。

 そして、こういうのの役作りって、どうやってるんだろう? 『冷血』が出版される前に抜粋朗読会ってのが行われたらしいんだけど、そのフィルムとかテープとかってのが残っているんだろうか?
 でも、それだけでもなあ。朗読と日常の喋りは違うだろうし、かなり酔っぱらっている場面が多いしなあ。
 どうやって、あの特殊な声としゃべり方に、一本の映画の中で普遍性を持たせることができたんだろう?
 「それでいこう」っていうのは簡単だけど「そうじゃない」「もうちょっと」こんな感じの「こんな感じ」って誰が感じる、こんな感じなんだろう? どこでオッケーを出したんだろう?
 わからん。
 誰の心の中にもいるカポーティってのもないだろうに。
 いないしな、心にカポーティは。

 シルクドソレイユのドキュメンタリーを見ている。
 今、5本目。
 新作を作っているのを追っかけているんだけど、見ていてきりきりと胃が痛くなる。
 画面の表面では、アクト(演目ね)とアクター(演者ね)を追いかけているんだけど、その向こうに見え隠れしているディレクションを含めたスタッフサイドの緊張が、伝わってくる。
 なんだろう、あれの緊張といらだちってのは、人種も国境も越えるものなのか?
 お金がいくらあってもダメなものはダメなんだなあ。
 作っているのか『ヴァカライ』だと判明。
 っていうか、今、演目のタイトルが決まったところ。大丈夫か? そんなんで。
 タイトルが決まるのが三ヶ月前って遅くねえか?
 って、私に言われたかないだろうけど。
 演目もまだ確定していない。
 タイトルはさあ、早めに決めようよ。
 決めようっていう意志があれば、できることなんだからさあ。

 お気に入りの夏川純さんのこと。

 夏川純、本当は26歳だったとブログで告白! 
 というのを読む前に本人のブログを読んでしまって、最後に夏川純と署名までしてあって、なんのことかと思っていたら、ヤフーのトップの芸能欄にトピックとして書かれていた。
 よく、芸能人がホームページで発表、なんてのを目にするけど、まさか、そういう記事やらニュースよりも先に自分がブログで読むことがこの世にあろうとは!
 びっくり!
 夏川純さんの他にマメに見ているのは柚木ティナさんのブログですねえ。
 柚木ティナさんはちょっとみっけもんだと思うよ。
 あの人はすごいよ。本当に。
 がんばれティナっち!
のDVDを見始めた。
30分13回のシリーズで、ドキュメンタリーとしてエミー賞も獲ったらしい。
2002年制作のものだが第1エピソードの中で「これは去年『ドラリオン』の時に使ったものだから」とか言っていた。

『ドラリオン』ってけっこう年期入ってる演目なんだねえ。

なんとか『ガイ』っていう『シンプソンズ』みたいなアメリカホームドラマアニメのとある1話を見た。
『シンプソンズ』の方が出来はいいのではないかと思う。
まあ、『シンプソンズ』を300話くらいあるうち、どれくらい見たのかはさだかじゃないけどねえ。
あれは出さないのかなあ、全部。
でもって、いつものように「それをいつ見るのか?」という話だったりするだけどね。

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というわけで『後編』である。

解せないのは私だけ?

決定打となるなにかがなくないかな?

でも、普通の映画よりは何十倍もおもしろいけどね。

全体的な冷たい印象も含めて。
 新国立劇場で『コペンハーゲン』という三人芝居を見る。
 非常に緻密に作られていて、いろいろ考えさせられる。
 
 幕間に久々に会った秘書の家入と「なんか話すことなかったっけ?」という話をした。
 ちょっと前までは妻といるよりも一緒にいて活動している時間が長かったのに、最近はとんと、なんて思ったりもしたが、一幕の感想を聞いたら、まったく同じ意見だったので「ああ、会わなくてもいいのか、どうせ同じ意見なんだもんな」とか納得したりもする。

 ああ、そうか、ヒューマンアカデミー大阪校に上演許可を出していないままだねえ、っていう話もすればよかったけど、まあ、いいか。
 長くなって幕間では終わりそうにはないからなあ。

 えっと、もろもろの進行状況です。

 『メトロ』次、3本立てです。

 稽古はずっと勉強会です。
 ある会話劇の芝居のDVDを見ながら、台詞、立ち位置、所作、全部に全員でダメだしするという新しい勉強法。
 それも、友達の劇団とかじゃなくて、一般的に上手い、といわれ、その人達できちんと客席が埋まるような舞台について、検討して「他に方法はないのか?」「これでよかったのか?」「なにを経てこの芝居にたどり着いたのか」ということをディスカッションしている。

 そんなの意味があるのか? と、思われるかもしれないが、かなりある。相当ある。
 その結果は次回の『メトロ』で確認してみてください。

 今、台本のコンセプトが決まっているのが4本、残11本ってとこですか。

 6月に2本、私の脚本の芝居があります。
 1本は再演、1本は新作で、もう書いちゃった。

 そして、たびたび、ここで書いている小説はついに405枚を突破。
 まだ終わらず、締め切りが10日過ぎてしまいました。

 でも、400枚の書き下ろしで10日のずれって、優秀な方じゃないのかな? 甘いでしょうか?

 4月にちっちゃい芝居やって、7月にもやる(らしい)。

 さらにちっちゃい人形劇ピクルスくんも続けてます。
 新作 ピクルスくん海へ行く を書き始めた。
 ちゃんと準備運動しなきゃって、やってたら、一緒に準備運動する海の生き物が現れる話だ。海の生き物は陸へと上がる準備運動をしているらしい。
 ピクルスくんが初めて、海の生き物にまたがって、海中を散歩するぞ。(どんなだ?)
 
 にしても、『メトロ』だよなあ。
 どうする、3本立て。
 
 今日も新国立で『メトロ』の観客の常連さんに会ったんだけど「見る方も人間だからね」と言われた。
「やる方も人間なんですけど」って言ったら「やるのはいっぱいいるでしょう、見るのは一人で見るんですよ、全部」ってよくわからないが非常に説得力のあることを言われてしまい、言葉につまった。
 書くのも一人なんだけど。

 『渥美清さん伝記』のような番組をBSでやっていて、それを見た。
 『寅さん』の最終作に同行したカメラに向かっておっしゃっていたことが、たまらなかった。
 そして、渥美さんを突き動かしていた原動力が戦後の上野のアメ横にあったんだということを改めて思い知らされる。
 
 30後半になると役者が客演から足を洗い、劇団を作り始めるのと同じように、役者がある程度の知名度を得ると、本当に作りたかった映画を作り始めるものらしい。
 そして、失敗するようだ。
 どうして『拝啓 天皇陛下様』で納得できなかったんだろう?
 続編まで作っていて、それでもまだ、同じようなものをなぜ、自分のプロダクションで作らなければならなかったのか?

 わからん。
 
 寅さんと渥美清さんはいつか何かで形にしたいなあ。

 小説、終わらない、そんな長いもんでもないのに、なにをしようとしているのか?
 
 夢が長くなってきた。小説を書いているから、書いている分量はいつもと同じなんだけど、どうやら同じものを書き続けるってのに限界がきているみたいだ。
 見る夢がものすごくドラマチックで複雑で色がついていて、カメラ割りもある。妄想を書き出さないと自分の中に蓄積するので、夢が大変なことになる。
 見ていて疲れる。起きてぐったりするようになってきた。
 昨日も、アメリカでレンタカーを借りて旅する夢だった。
 途中で遭遇したバッファローを埋葬しなきゃなんなくなって、って、人の夢の話ほど退屈なもんはないからやめるけどね。
 レンタカーを返しにいくのがまた一苦労。
 デトロイトあたりだと思うんだけど、どれもこれも似た工場群で、なかなか借りた店が見つからない。
借りたのは私ではなく、同行していたTさんだった。
 Tさんに言われた廃工場へと入っていくが、店がない。
 ふと、上を見上げると、そこにレンタカー屋があった。
 夢だ。
 怖い怖い。
 前に、芝居の当日パンフにそういった時に見る夢の詳細を書いたら「やめてください」って言われたことがある。
 かなり高いビルの壁面にびっしりヘリコプターが止まっている夢だった。落ちてこないし、動かない。
 で、どっかで蝉の声がしてるんだよね。止まってるのはヘリコプターなのに。
 ねえ、本当に人の夢の話はつまらないねえ。

 夏川純さんのブログが更新されていてうれしい。
 どうして、あのようなものを神様はお造りになったのか?

 まあ、それはいいとして、最近の妹系とかクリーム系とかのモデルって、やっぱり親がそういうところに売り込んだりしてるわけ?
 どうなってるんだろう?
 ヤマ、知ってる?
  
 

 
 
 
届くメールが、ハンパじゃない分量だし、考えてものを言わないとどうしようもないものが増えている。

それはそれでやるけど。

小説400枚まであと3枚となった。
まだ書くことがある。
終わらない、初日が来ることもない。
チケットの売れ行きなんて、考えられない。

友人がチェコに旅に出るらしい。
人形のために。

チェコに私が行ったらたぶん人格が崩壊すると思う。
なんとなくだけど。

根拠もなく書けるのが、ネットのいいとこだねえ。

どうでもいいけど夏川純さん、そろそろブログ更新してください。
愛読者ですんで。

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 結城座の入門塾の試演会の稽古を見学させてもらう。

 芝居の演出がどんどん細かくなっていって、非常に興味深い。

 A(という人形)がB(という人形)に引っ張られるシーンがあったんだけど、Bが引っ張られるように見えるためには、引っ張られている肩を下げ、足を小刻みに足踏みするようにして動くとそれらしく見えるし、Aの方は、Bよりも大股に動く方がひっぱって見える、そして、人形は人形を引っ張ることが出来ないから引っ張られる方が動きを先導しなければならない、実際は引っ張られる方が先導して、引っ張っている人形がそれについていっている方が、引っ張られているように見える。と、言われてみれば、そうすると確かにその方がそう見えるんだけど、言われるまで、やっぱりそのあたりのことがわからない。引っ張る、という人間の行為を人形で真似しよう、演技しようとしてしまう。そうすると、人形で人形を挟んで引っ張ろうとする。 それはサンジェルマンでパンを買う時のように、うまくトングでパンがつかめない、あの状態になるわけさ。つかみやすいパンはいいけど、つかみにくいパンは、けっこう、トングで追っかけることになるよね。あれよ、あれあれ。
 が、そうではなく、人間の眼にどう映るのか? どう映したいのかという、本質を考えてその部分をきちんとデフォルメしないと、人形劇にはならない。
 引っ張られるように見えるためにどうするのか?
 
 引っ張る、引っ張られる、ってことだけでも、こうやって書いていると400字以上になるわけだ。

 引っ張る、引っ張られるっていう1秒にも満たないことを、見せるためにどうするかを説明するとこんなになってしまう。

 突き飛ばされて、座る。
 人の話を聞いて、納得しする。等々もしかり。ふだん人間でやっていることを、人形というもう一つさらに不自由なフィルターにかけて表現しなければならないことの難しさを改めて思い知る。
 でも、それがちょっとした工夫で、人間が演じるよりもよりエッジがとがった表現になる瞬間がある。
 人間にできないことを人形で、人形でできないことを人間で。
 当たり前のことだが、そういうことだ。
 
 人の芝居の稽古場でこんなにも熱心にダメだしをメモするのは初めて。
 
 小説。自分で決めていた枚数をついに突破した。想定していたかなりの事は盛り込めたが、整理がまだついていないのと、自分らしさに欠けているのがわかるのが口惜しい。
 直すけど。
 冒頭の部分から朗読しながら、リズムをチェックしていったら、あたりまえだけど、ものすごい時間がかかってしまった。
 400枚近い原稿用紙を声を出して読むとどれくらい時間ってかかるものなの?
 そしてどれくらい疲労するものなんだろう。
 昨晩、『メトロ』の五月公演用のやつを一本試作でまた途中まで書いた。
 宇佐美のやつなんだけど、読んだ感想を聞いたら、かなりノリ気なようだ。
 最後まで書いてみるか。

 今日まで滋賀県で私が書いた芝居『しっぽの痛み』をやっていたのだけど、劇団のカンちゃんが新幹線に乗って見に行ったらしい。
 
 カンちゃんレポートが楽しみである。
 カンちゃんレポートで思い出したけど、キンゼイレポートって映画になってたよなあ。
 あれって、誰もなにも言ってないけど、どうなんだろう?
 
 『メトロ』の出張公演の企画がある。
 小さなところで抜粋して、数本上演するというもの。
 もともと、『メトロ』は場所を選ばずに上演できる、ということがコンセプトにあった。
 今回はその初めての試み。
 その打ち合わせが明日ある。
 印刷物をちょっと凝りたいと思っているけど、その束見本のようなものを作っている暇がない。私としたことが。
 小説がこんなに手間がかかるなんて。

 『メトロ』の稽古もやっているだけど、今回、一番時間が掛かるのがVol.20、21、22とある中で、21の最後の話だ。
 かつてないほど段取りが多い(はず)。
 カプセルの吉久と今までできなかったことをやろうと、はりきっているのだが、もう、とっちらかりすぎて大変なことになっている。

 大きな脚立が二つやってきて人が踏みつぶされる、というのはどうやったら表現できるのか? なんてことを真剣に討論している。

 幕が次々に上がっていくのはどうだろう? 
 って口で言うのは簡単だけどね。

「照明が落ちるのはどうだろう?」って、普通、稽古場で話すことじゃないよなあ。
 照明が落ちるってのは、明かりがその場に当たるってことじゃなくて、照明のとうたいが落下するってことね。

 『スクリーム2』ね『金田一少年の事件簿』ね。

 わかるかなあ。

 おもしろいと思うんだけど。

 照明が下がってくる舞台って見たことあるけど、落ちてくるのは見たことないからなあ。

 それが、次々と。

 それを役者がものすごい早さで避けるんですよ。吉久@カプセル兵団(談)

 見たいけどね。
 っていうか自分の劇団でやるのはどうかな、吉久君。

 そして、ここで延々書いていたファーストシーズンの『ムーミン』の謎が解けつつある。
 やったあ。

 久々に『家族ゲーム』を見る。
 ちょっとはずしすぎじゃないかな。
 おもしろいけどね。
 この後を継がなくていいのか、私。
 この手の会話が書けるのはそうそういないぞ。
 やることがいっぱいだ。

  
 yahooにサウンドステーションっていうのがあって、流行の曲をミュージシャン事ににランダムに(このランダムってのが非常にありがたい)流してくれるラジオがある。
 最近、それで山崎まさよしさんばっかり聞いている。
 私の好きではない、というか嫌いなアニメを作っている監督の最新作に曲を提供していて、それが昔のとはちょっと違うアレンジになっていて(だよね、ちがうのかな)ちょっと違和感がある。でも、それ意外はずっと 流しっぱにしていても全然飽きない。
 うまいなあ、と思う。
 スマップとかスガシカオっていう歌詞がある部分があるんだけど(本当だよ)それもまたいい。
 あーあ、歌が上手いっていいなあ、と溜息が出る。
 生まれ変わりは信じないが、生まれ変わる時はミュージシャンがいいなあと思う。
 もう、次は絶対ビヨンセに生まれ変わろう。と、本気で思う。

 同じくyahooの動画でみうらじゅんさんと安齋さんの『なまはげ兄弟』シリーズなんだけど、ついに御当地ソングシリーズが始まった。
 日本のいろんな各地を回り、勝手にその土地土地の曲を作ってまわるという、余計なお世話の連続物。
『青春に一番近い県』『青春リピーター』『生まれたときから』そして表題にもなっている『なまはげ兄弟』。
 なにが基準で、なにをおもしろがっているのかがわからないのがおもしろい。
 みうらじゅんさんって、私、ずっと似てるって言われてるんです。外見が。
 御当地ソングはご本人が登場して、全国各地を回っているプロモが流れるんだけど、本当に、私がロン毛だったころに似ているなあ、と、改めて思った。
 ほんと昔から言われてるんだよね。
 生まれたときから、とは言わないけど。

 横浜のカレーミューことカレーミュージアムが今月末で閉館になる。
 どうしたものか。
 一軒一軒のカレーはまあ、そんなに関心はないんだけど、一角に全国各地の特産レトルトカレーのコーナーがある。
 この機をのがすと、全国のレトルトカレーに接するチャンスをのがしてしまうのではないか。という一抹の不安が。
 行って、2万円分くらい買い込んで、しばらくは、カレー単品で全国を旅している気分を味わうのはどうだろうか、と真剣に考えている。
 前に行った時は、そのレトルトカレーコーナーで、15センチくらいある唐辛子のポストカードを買ってきた記憶がある。
 あの手のグッズもまだ売っているのだろうか? あれもまた、この機を逃すと手に入れることはなかなかできないかもしれない。
 
 小説、佳境。
 ラスト40枚まで来たが、まだボールの真芯にバットが当たっていない感じ。大ファールが続いている。
 こんなことでどうする。

 夜、劇団10x50KINGDOMのミーティング。
 最近、芝居のビデオを見ながら止めて繰り返してみて、みんなで意見を言い合う勉強会をしている。
 今日は『開放弦』と『ウーマンリブ先生』。
 
 終わってからまた小説のメモ書き。
 あと三日で書き上げる、っていうか書き上がるだろう。
 もうちょっとだ。

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 いや、やられましたね、今回のテレビブロス。
 尊敬する高田純次先生が表紙なんですけど、またやってくれちゃってますね。
 中身っていうか本文もまたすごい。
 なんと新作撮り下ろしのDVDを出す宣伝をしているんだけど、あいかわらずのいい加減さ。
 本当に頭が下がります。
 レースクイーンになって車を売ったりしているらしい。
 レースクイーンって車、売らないだろう。

 結城座の入門塾の試演会が近づいてきたので、その稽古を見学に行く。
 今回の出し物は『文七元結』。落語で有名なあれを人形でやるとのこと。
 元々、歌舞伎だったのか、落語が先なのか、すいません、古典の知識が皆無なのでわかりませんが、それを人形劇でやるわけです。
 
 久々に結城座の方々にお目に掛かり、入門塾の仲間にも会う。
 終わって、とがりんの車で吉祥寺まで送ってもらう。
 彼女はこの試演会が終わるとすぐにマレーシアへ、影絵劇の研究に単身、出かけてしまって一年間は戻ってこないらしい。
 11月くらいに私もマレーシアへ旅しようと思っているので、向こうで会いましょうと固く固く約束する。
 したつもり。とがりんがどう思っているかはわからないが。
 
 そして、小説がいよいよ大詰め。
 あと、65枚で目標枚数だが、終わりそうにない。
 その気配もない。
 いちおう、自分で言い出した締め切りが今週末なので、これからゴールの見えないラストスパートになっていく。

 サンマが四匹で290円だった。
 安すぎないか?

 昨晩BSでやっていたラサール石井さんの『なかよし』という舞台を見る。
 ラサールさんとSETの小倉さんとボードビルの山口さんの三人芝居。
 しぶい。
 全員が肩に力を抜いて、ぼけて、つっこんでを繰り返していく、なだらかという言葉が一番合っているような芝居。
 喜劇とかコメディってのとも違うんだよな。
 でも、人情物かっていうと、話はそうだが、全体はそうではない。
 今、この三人がこういうことに興味があります、どうでしょうか? と、そっと差し出されたような気分。

」 
 朝から小説書き。
 あと70枚となるが、まったく収まらない。
 ここから泥沼になっていくんだろうなあ。
 どこをどう修正すればいんだろう。
 同時にメソッドのブログも書き続けていく。
 Gacktさんのプロモを見てちょっと感動する。
 こんなふうにミュージシャンってどんどん卒業式とかに出張すればいいのに、と思う。
 ものすごい想い出になるのになあ。
 良い曲だなあと思っていたら『みんなのうた』の歌らしい。やるなあ、みんなのうた。
 猫のまぐろくんを、ちょっとだけアカミと呼んだらどうだろうか? と、ちょっとアカミと呼んでみる。
 全然反応してくれない。
 まぐろに呼び方を戻す。
 WOWOWでやっていた『ウーマンリブ先生』を見る。
 ものすごくおもしろいなあ。
 すごいなあ、クドカン。よく書くなあ。
 
当ホームページにはメソッドのコーナーがあるんですけど、そこを今日から、ブログ形式にしてみました。

読んでみてね。

続くよ。
『メトロ』稽古初日。
 劇団10x50KINGDOMのミーティングと『メトロ』の稽古が交互に三月いっぱいは続く感じ。

 今回三本立てなので、いちVol.あたり5本ないし6本として、最大18本作らなければならない。
 今日、その1本目を作り始める。
 台本は3分の2書いた。
 ここから、内容やらキャラクターやら、方向性やらをまた延々みんなで話合っていくわけだ。
 また、この日々が始まる。
 読んでみる。良い感じである。

 劇団員の鈴木オルガ、今日は『パッチギ2』のアフレコに借り出されているので終わり頃になってようやく参加。

 韓国映画『タイフーン』を見る。
 予告とかDVDのパッケージを見る限りでは『海猿』みたいなもんだとばっかり思っていたら全然違ってた。
 ロシアやらタイやら、いろんなところを無駄にロケして回っている。
 韓国映画がどんだけバブリーかってのが、映画の内容とは関係なく、わかる。
 どんな映画かっていうのがまず、一言で説明できない難な映画。
 これはダメだろう。
 
 矢作俊彦さんの『あじゃぱん』を読み始める。こんな文体だったんだ。恐るべし。

 実は今、うちに新しいノートが1800冊ある。
 全部、世界一有名なネズミが表紙のノートだ。
 全部、同じ物である。
 とある業者の人から譲り受けたんだけど、不良品として返品されてきたものなんだって。
 でも、一見するとどこが不良品なのかまったくわかんない。
 そのノートの山にもたれかかってさっきの『タイフーン』とか見てたんだけど、紙がいっぱいあるってことがこんなにも幸福なことか、と痛感する。
 これから、これを全部、文字で埋めていいんだ。ぐりぐり書いていいんだ。
 いったいどれだけのものが書けるのか。
 何年持つんだろう、1800冊のノートって。(今、三冊目を使い終わったところ)
 うふふふふ・・・・

小説、あと100枚を切った。
こっからが泥沼。
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 去年の年末、大竹伸郎さんの全個展に行ってきてとても感銘をうけて、活力を得、元気をもらい、おかげでなんとか『メトロ』の2本立てを一気に書くことができたって感じだったんだけど、そのとき、図録の予約をしていたわけだ。
 
 本来なら開催中の展覧会でその展覧会の図録ってのは販売されていてしかるべきなんだけど、どうにもこうにも間に合わなかったとかで、予約販売という形になります、ということだった。
 前にもこれは書いたけど、なんでも当初の予定よりもページ数がオーバーして制作期間がオーバーしてってことで、発送は二月末になりますが、それでもよろしければ、というまあ、ムチャクチャなことになっていたわけだ。
 しかも、予定価格には収まりきらないために、店頭で販売するときはこの予約価格を大幅に上回る金額となりますっていう、脅迫のような一文も添えられていた。
 もう、最終的にどんなものができて、それがいくらで売られるのかなんてことは誰にもわからないってことだ。
 束見本が置いてあったんだけど、十センチ弱あった。
 重そうだった。
 「これはもう、しょうがないか」と思って予約した。
 で、約束の二月の末だ。
 そろそろ届く頃かなと思って待っていた。
 わけではない。
 どうせ、できないだろう、いいです、好きなだけ時間を使ってくださいって、覚悟を決めていたから2月の28日に「お詫びとお知らせ」という葉書が東京都現代美術館から送られてきても、なんにも驚かなかった。
 結局、カタログの発送は三月末になるらしい(ホンマかいな、もちょっとサバ読んどいた方がいいんじゃないか? ゴールデンウイーク明けとかさあ)。
 そして、展覧会会場風景写真約150ページを追加。
 150ページ追加ってなんだよ。
 150ページあったら、その追加ぶんだけで、充分カタログとして販売できるじゃないか。
 また、付録のCDについても(CDが付いてるんだよ)未発表音源の『拾熱』に加え(加えだと?)展覧会の会場での演奏を収録した音源を新たにCD化した計2枚を付録とすることとし(大盤振る舞いとはこのことだ)より内容の充実を図っております、だって。
 そして、さらにご予約いただいた方の特典として1994年制作未発表のミニ本『シュヴァルの夢』を封入いたします、だとさ。 ページ増と追加のCDによる価格の変更、送料の変更は一切ございません。
 なにとぞご理解のほどを。

 って・・・

 わかりました、理解します。
 お待ちしております。

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