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を見る。冒頭から良い。
良いのだが、これは良いのか?
うまいんだよね、でも良いのか?

すごい人がいるもんだ、って感嘆符だ。
にんじんを目の前にぶら下げられて走らされている馬の気分が味わえる。

本題に見せかけられているものの答えには、永遠に手が届かない。
そんな作品。

『メトロ』の稽古があるが、私的には進まず。
だいたい、ばらばらに稽古するので「今日は手応えがあった」というような顔をしている奴もいたりして、芝居を作っている実感を共有できない時間もあったりする。
でも、へこんでいるわけではなさそうだから、いいんだろう。
を見る。
最近の『シルクドソレイユ』の中ではかなりいい方なのでは?
細かい所に神経が行き届いていて、視界に入ってくる情報量の多さに圧倒される。

今回、『メトロ』の当日パンフはサーカスの話で、例によって長い。
前回、当日パンフに書いた原稿が400字で60枚あって驚き呆れられたのだが、今回も同じ分量となった。
とてもじゃないが、開場時間と同時に客席についていただいたとしても、開演までに読み終えることはできないでしょう。

だって、上演時間二時間の脚本のほぼ半分の分量があるんだもん。
なにやってるんだろうかと、自分でも思うけど、でも、やっておかなければならないので、せっせとこなしている。

『メトロ』ラインナップならびに出演者、そして、話の順番などが決まったので、今回から、どんなタイトルでどんな話なのか、をなんとなくホームページに載せることにする。


の記事が新聞に載った。

そう、やることになった。
まさか、自分がリメイクってものをやるとは思わなかった。

2ちゃんにスレッドも立っているらしい。

また状況が変わってくるだろうなあ。

まあ、私は例によってなにも変わらないけど。

『メトロ』ほぼ、各話の構成と役者の組み合わせが決まった。

『メトロ』は前回から『文章による役者の肖像画』と題する、コラムという枠にはおさまらないくらい、読み応えのある文が当日パンフに掲載されている。
今、それを書いている。
第二回は坪井君が熊と芝居をしたことをめぐってのエピソード。

400字60枚以内に収めたいものだ。

を見たりする。
もうDVDを見るのはやめようと思ってたんだけど、でも、見ながらでも日々の生活は送れるわけだし、見てないとやっぱり不安になるなあ、と思って、こういう時は、普段なら絶対に見ないものを、ということで『プラダ〜』だ。

見ないねえ、こういうのは普段、自分からは。
よっぽどのことがないかぎり。

今回、よっぽどだったんだねえ。

っていうか、悪魔役のメリルストリープがものすごい苦手で、彼女が出ているものって最後まで見通したものの方が少ないくらいなんだよなあ。
なのに、あえて『プラダ〜』だ。

そんなにどうでもいいものなら、ほっときゃいいのにって、思いながら見るのって、すごく集中するもんだね。
試験前の机の片付けに似たものがある。

だからもう、この映画が本当におもしろいのか、どうなのかさえもわからない。

よかったねえ。うまいねえ。
こうでなくちゃね、ドラマってのは。

メリルストリープは、すごいね。
普通あの役はあんなふうにはやらないだろうに。
でも、ちゃんと持ってくところは持ってくしねえ。

もうちょっとしたら、次回の『メトロ』のキャストが完全フィックスとなる。そこからラストスパート、あと本番まで45日となりました。
2週間前に3本の完全通しをめざして、がんばっております。
どれだけ、集中しているかということは、このメリルストリープの映画を見ほど逃避したくなるくらいの集中ですよ。

逃避の度合いが、すなわちこれ、集中の度合いなり。

そして、小説はいかに?
昨日もやってたんだけど、その作業の膨大さに、崩れ落ちそうになる。
(また1枚目から書き直しちゃった)

ああ!!



できたっと。
タイトルは『華道』。

そして、三池監督の『IZOU』を見る。
鈴木清順さんかと思う、めちゃくちゃぶり。
なんどか挫折しながらも、最後まで見通す。

あと、まったくなにもできていないのは1本だけとなった。
早いなあ、今回は。

9月のやつの相談も同時に始めているが・・
今度は1ヶ月公演だからなあ。
定期買わないと。

という江戸糸操りの芝居を紀尾井ホールで見る。
1時間半、八千円。和物だからしかたないけど、でも、もうそいういうのはどうなんだろう。

私が入門塾生として、お世話になった江戸時代続く糸あやつりの劇団結城座から別れた田中純さん、結城一糸さん達によるお芝居。

一年、糸操りを勉強させてもらったおかげで、手板から下がるどの糸をどうあやつって、なにが行われているか、がなんとなくわかるようになった。

朝倉摂さんの美術は良いですねえ。

そして、中央区の喫茶店をお借りして、『メトロポリスプロジェクト』を3本だけ出張公演した。
これも一ヶ月以上前から準備し、一回だけの公演だったけど、そうとう私的には入念な準備をした。

無事に終了。
そして、10x50KINGDOMの大阪支部の支部長が上京してきたので、小一時間、現状を話す。
一つの劇をやるために集まるための劇団ではなく、社会とどうかかわるのか、といったことの志を同じくする者達を、劇団員として迎えたい、ということを話したりする。

演劇だけだとは思わないんだけど、見せ物を作る人の生気が失われつつある。これはどうしたことか?
そして、その生気のなさが、こちらの生活も精神をもむしばんできている気がする。
専守防衛のつもりでいないと、浸食されてしまう。

いつのまに、こんなことになったのだろう。

『メトロ』三本立ての予定だったけど、二本の新作、一本のほとんど新作と言っても良いくらいに書き直した再演をするという最終決定を下した。

再演といっても全面改稿するつもりなので、オチが違っていたり、男を女がやっていたり、その逆もあり、年齢もちがう。
話の骨子だけある、という状態の再演。
手間暇は新作と同じで、けして書けなくなったとかということではない。

逆に書けて書けてしょうがない、誰か歯止めをかけてもらいたいものだ。

小説、進まず、ちょっと『メトロ』の概要が決まるまでクールダウンさせておいてください。
日々、書いてはいます。

沢木耕太郎さんの映画にまつわるエッセイを読了。
まだまだ、見ていない映画もあるし、映画のどこを見るのかが、こんなにちがうものかと、驚愕する。

私の好きな『海を飛ぶ夢』と『ライフイズビューティフル』も触れられていた。

劇団のホームページを作り直している最中。
もう少しお待ちください。

『夜は短し歩けよ乙女』を読み始める。
変な話だ。
全く参考にならない。
 『メトロ』の公演が様々なレベルで変動している。
 花歌マジックトラベラー主宰の窪田あつこ嬢が出てくれることになった。
 アムリタ主宰の宇佐美君、そして、カプセル兵団主宰の吉久、そして、中山も自分の劇団を持っている。
 今回は、座長大会の様相。
 
 元女子プロレスラーの広田さくらちゃんも出ることになったし、さらにスペシャルゲストを今、交渉中。

 毎日せっせと書いている。
 
『愛という言葉を口にできなかった二人のために』という沢木耕太郎さんの映画評の本を読み始めた。
 
 夕食は今日はお魚系だったんだけど、焼いたり、刺身を作ったりして、それを食べる間、『フィールドオブドリーム』を見るつもりで準備していたら、その映画について書かれている一文があった。
 ほとんど、あらすじが書いてあって、それを読んでいたら涙止まらなくなった。
 で、映画を見ながら食べていたら、また泣けてきた。
 子供の頃、怒られて泣きながらご飯を食べたことがあった気がするが、最近、泣きながらご飯を食べてないなあ、なんて思った。
 
 にしても、これは映画だなあ。
 映画にしかできないことをやるのが映画だなんだけどなあ。
 テレビドラマでも、テレビアニメでもなく、ゲームのオープニングでもなく、映画であること。
 なにが映画を映画にしているのか?
 一昨日は『ジョンブック』を見なおした。
 これもまた、冒頭から、映画の香りがする。
 納屋のダンス。
 家を建てるところ。
 そして・・
 大学一年、か、二年の時に見たものだったが、感動は同じだった。
 
 映画が映画であることはなにか?
 まだわからない。
 でも、あの頃よりは、わからないことがなんなのかは、はっきりしてきた気がした。
小説ではなく、別の飛び込みのもの。
これでまた小説に戻れる。
し、『メトロ』も書ける。

小説500枚を越えたけど、600枚にはならないようにしないと。
自分で読み返すのに時間がかかるじゃないか。

土曜日に小さな本番があるり、その準備も始めなければ・・・


月島にあるとある部屋で『メトロ』の稽古があったけど、あまりにも外が気持ちよかったので、外で稽古した。
 
川縁で屋形船が行き交うのを眺め、水面に浮かぶクラゲの数を数えたりしながら、じゃあ、稽古でもするか、とか言ってやっていた。

役者にはそういう感じで稽古をやってもらいながら、私はちょっと離れた場所に座り、目の端で稽古を見ながら、スケッチブックに最近買ったお気に入りのピンク色のインクが出る万年筆で原稿を書いていく。

書くのはどこでも書ける。
そして、どこで書いてもまあ、一緒。

やがて日が暮れてきて、遠くのビルの屋上のネオンサインがつきはじめる。
水上バスがUターンしていく。
高級住宅ビルが建ち並ぶところなので、散歩している犬がでかくて高そう。

いつも稽古しているのが室内で、会議用の長机があって、パイプ椅子で、天井には蛍光灯、床はリノリューム。
そこで作るものが矮小化されていくのが必然であることがよくわかる。

潮の香りもかすかにしていた。

近くにある小さな公園で、白くて踵の高いヒールをはいたキレイな姉ちゃんが片手に携帯、片手の指に焼き鳥を挟んで缶ビールを持ったまま、ベンチでメールを打っている。
時々、思い出したように、そのビールをがーっとあおるように飲んでいた。

忘れてはいけないなあ、と思った。

思いながらまた、万年筆でスケッチブックに書き綴った。
火曜までに今、書いているものの決着をつけるつもりでいる。
忘れなければ、続けられる、続けていれば、終わりはくる。
簡単で、単純な事じゃないか。

ねえ、じんのひろあきさんよ、そういうことだろう?
と、自分で思った。


なにもかも書いていかないと、なにもかもに支障が出る。

書けばいいんだけど、打つのも本当に飽きるね。
今日、新作を31枚。
『メトロ』また一本できた。

あと、何本なんだ?

そして、小説、また頭から構成のやり直しを始めた。
40枚しか進まない。

お風呂屋さんに行ったら改装中で、ちがうお風呂屋さんまで足を伸ばした。
でも、お風呂につかっていても、一点を見つめて今書いているもののことをずっと考えている。
あっという間にのぼせている。
たちくらむ。


きっとこれから頭は冴えても、体力がなくなってきて掛けなくなる
のは目に見えているから、とにかく今の間に枚数を稼いでおかないとと思ってはいるんだけど。

『勅使河原三郎さんのダンス』を見た。
ガラスの上で踊る奴だ。
ものすごい緊張とものすごいリラックス。

それがこちらまで伝わってくる。
限界を覗きに行くのは、ゆっくりでもいいのだ。
ぎりぎりの縁までいければ、それでいい。
見せ物を作っている我々だが、本当にそれが見たいと切望しているのは、実は作っている本人なのだ。

ガラスと遊んでいる姿を見せたいとメイキングで語っていたが、ガラスでは遊んではいけないと思った。
理由は・・・

危ないから。

で、その映画の感想そのものよりも、最近、もう見るべき映画も見たい映画もなくなってきたなあ、という感じがしてきたので、しばらく、見ないことにする。
見たものの感想を備忘録として書くブログにしようと思ってたんだけどちょっとやめる。

しばらくというのは次の『メトロ』が終わる6月の中まで、もうDVDとか見ない、もういいや! 
ひたすら書こう。書かなきゃなんないものがあるなら書くしかないんだからさ。

昨日、誕生日だった。
お祝いを各方面からいただいた。
ありがとうございます。

チェーホフの年を越えました。

『メトロ』の稽古も日々進んでいるんですけど、明転した瞬間、帰りたくなる芝居とはなにか? をみんなで話しているとあっという間に2時間とか過ぎてしまう。
それでも、それだけを特化して話していると、結論ってのがでるもんですなあ。
三人寄れば、なのに、それどころじゃない数がいるわけだし、これからはもっと増えてくるわけだし。
いい感じになってきましたね。

未完の小説が傍らに置かれたまま、次の仕込みに入っていて、申し訳ない、申し訳ない、と思いながらも、マウスをクリックし続けて、また別の作品を書くための準備をしている。
かなり複雑なので、書く前の準備が大変である。

まもなく『シルクドソレイユ』のメイキングビデオも見終わる。
3週前に、演目の変更があった。
「まったく新しいパフォーマーを今から連れてこい」
というシルクドソレイユの会長の命令。
もっと、練り上げた精密なものであるかと信じていたのだが、あまり私とやってることがかわんないじゃないか。

6月下旬から青山円形劇場で『櫻の園』の舞台版を上演します。
演出はプラチナペーパーズの堤泰之さん。
ネルケプランニングプロデュース。

はや20年前に映画にした時に使った台本を元にちょっと再構成されたものです。でも、流れはほとんど一緒。

私の劇団10x50KINGDOMからも一人、鈴木オルガが出ることになった。
ちゃんとオーディションを勝ち抜いての出演で、脚本を書いている作家の劇団員だからひとつよろしく、ということで出演するわけではない。
念のため。

 その二日前に銀座のみゆき館という劇場で、シニアの方々の劇団が芝居をする。それには戯曲を書き下ろした。
タイトルは『メイビートゥモロー』。
シニアの方々がオーディションを受けに来る、シニア版『コーラスライン』である。(受けるのはミュージカルのオーディションではないけどね)

あと、大阪のとある劇場でまた私の『努力しないで出世する方法』を上演することになるらしい。
 なんだか、いろんな人に愛されることになった戯曲だこと。
 よかったねえ。

 

を申し訳ないビデオで見る。
岡本麗さんの芝居に釘付けになる。
今やっている大朔の芝居も無理していけばよかったのか? と、後悔する。
るばるの芝居を見るのは十何年ぶりか。
そして、もともとがありえない嘘から始まっているが、それを説得力をもたせて、なんとかして見せている、リアリティの維持にアタマが下がる。

どうしたらこんなことができるんだろうか?
けして真似したいとか思わないし、まねできる物でもないだろう。
そもそも、方向性が違うし。
加納さんの的確な芝居にほっとする。

最近、実は芝居を見に行くと途中で止めたくなる。
特にうつらうつらしている時があぶない。
反射的に「待って!」とか「そこまで、とか、大声で怒鳴ってしまいそうになる。

だから、一瞬でも緊張を抜くと、どうしても、まるで稽古場にいるときのように声を発してしまうのだ。

本番中にそんな声がかかってしまったら、役者もまた反射的に芝居が停まってしまうだろう。

そうやって芝居を台無しにしてしまうのが怖くてしかたがない。

今日、続けて『お金も話』っていう大人計画の芝居を見始めた。
これもWOWOWでやっていたやつ。

いつもの松尾節。市川さんの足がかわいい。

内容はいつもの通り。
でも、歌舞いているから見やすい。

無駄が無駄として機能している。

稽古で、我々なりのメソッドの探求が始まった。
百年の孤独の朗読である。

そして、飲みに行って今の時間。

一枚でも書いた方がいいのではないか・

と、反省、しきり
を見る。
みんながこれをうらやましがるのもわかる。
でも、私はまったく興味が持てない。

知り合いの映画監督が「あれは『暴力アメリ』ですよ」って言ってたけど、その通りだった。

でも、『アメリ』は好きよ。DVDも持っている。

そして、中谷美紀、よくやった。なんて褒めているが、本当に興味はない。どうでもいい。でも、見た時間を返せ、とも思わない。

部屋の模様替えをしようとするが、左手がかなりやばい。
中華鍋が持てない。

『花嫁はギャングスター』を見た。
最近、当たりの映画ばっかりだ。

 すばらしい。
 
 にしても、この映画はおもしろくなかった、という評論を書く評論家をあまり私は信用していない。
 評論家だったら、見る前におもしろそうか、そうでないかくらいわかるものなのではないか? 
 見てみておもしろかった、おもしろくなかった、良かった、泣けたっていうのって、誰でもできることなんじゃないかと思ったりする。

 私はおもしろくなさそうな映画は見ないことにしているっていう評論家はいないのか?
 最近、おもしろくない映画に、当たりませんね、自分も評論家として、ワンランク上がって見る目ができてきたってことですかね。
 ってなんでならないのか?
 ぼろくそ言うなら見なきゃいいのに。
 まず見ないと話ができない、話してはいけない、って誰が決めた?

 うまいラーメンからまずいラーメンまでまんべんなく食べるというラーメン好きは本当にラーメンを食べることが好きなんですかね。

 全然別の話。

 例えばバレリーナがいて、毎日バーレッスンをする。
 バイオリニストがいて、毎日、ある時間、練習をする。
 ピアニストもしかり。

それは下手にならないためなのか、動かして いない動かしたい時に動かないためなのか。

 1日休めば自分にわかり、2日休めば仲間にわかり、3日休めば観客にわかる、という言葉があることも知っている。

 でも、どうして役者だけが、日々のトレーニングの時間を取らないのだろうか?
 
 筋トレとか発声とかそういうレベルではなく、レッスンを日々している役者達はどこかにいるのだろうか?

 彼等はどこでいつ、どんなふうなレッスンを日々しているのだろうか?

 私の周りではそんな話は聞かない。

 そういった人達に出会えていないのかもしれない。

 自分達で、その場所と時間を確保するしかないのではないかとさえ思う。

 この考えに賛同する役者はいませんか?

 我々劇団10x50KINGDOMで、その場を作ってみませんか?

 台本を声に出す時間、相手と会話をする時間そして、今、興味があることを話す時間をつくりませんか?

 それはどうやったらできるのだろう?

 ピアニストはけして、コンサートまで後何日だから、昼夜練習に切り替えて、ピアノを弾かなければならない、というわけではないはずなのに。

 つねに役者でいる状態をどうやったら作れるものなのか?

 今、そんな話ばかりしている。

 前にも書いたが、大竹伸郎さんの展覧会の画集が本来なら、展示会の特に即売されていなければならなかったのに、出版が遅れていて、予約したら、二ヶ月後に送るということだった。
 予約した。
 そして、二ヶ月後の先月末に「来月末に延期になりました」という詫びが届いた。
 たぶんそうなるだろうって思って、そのときの日記に、どうせ「三月末に」とかって詫び状を出すなら、いっそのことゴールデンウイーク明けになります、くらいのさば読んだ方がいいのではないか、と書いた。
 今日、三月最後の日、再び詫び状が届いた。
 「六月になります」とのことだった。

 んなことは、お見通しだったよ。
 ほら、言ったとおりになったじゃない!
 
 大竹さん、待ちますよ。
 納得いくものを作ってください。

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