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中古DVD屋さんを回ってたら、出会ってしまった。
新作の棚にはもうなかったりする。
受注生産にちかいもんだったんじゃないだろうか?

よかった。

覚えているだけでも、上映会で三回見た。

前にも書いたけど公民館で上映会を開いたけど、大雨が降って私しか観客がいないこともあった。「見ますか?」ときかれたのでもちろんと答えたけど、その時は未成年だった。

まだ、きちんと映画のPGとかが区分けされていないころだし、上映している公民館の人も内容をしならいので、上映している間に後の方で「これって成人映画じゃないの?」とか囁いている声もした。
見ようによっては、まぎれもない成人映画です。
私のデビュー作である「まったく抜けない」と酷評されたロマンポルノよりだんぜん、エッチな内容のアニメです。

にしても、ものすごい量、深井国さんは描いたものだ。
そして、アニメーターに林静一さんの名前があったりする、とんでもないメンツではないか。

しかも、これをなんであの当時の虫プロが作らなければならなかったのか、まったく意味不明である。

動かないアニメにもほどがある。
でも、美しい。

これからしばらくモニターでながしっぱなしになることだろう。

あと『ファインディングニモ』が980円だったからこれも買った。
あのクラゲに980円だ。

しかし、ここで『哀しみのベラドンナ』『ベラドンナ』って書いたとしても誰も見向きもしないだろうなあ。
あんま注目されても、それはそれで寂しいんだけど。


気にはなっていたんだけど、カノジョがなにげに借りてきてあったので、つい見てしまった。

しまった。こういうのやりたかったんだけど、でも、やるとこんなふうに良い意味で惨敗してしまうものなのだなあ。

群集劇で、時間軸、空間軸がランダムに移動して、台詞がうまくて、役者もうまくて、って。
やりたかたけど、これやっちゃうとこんなにうまく整理されているものでも、見ている側は混乱するものなのね。

すごい反面教師。

ウイットがないというのも大きなマイナス要因ではあるんだけどね。

こういう唐突に起きるさまざまなしかたのない事故は基本、そんなばかな、と笑えなければならないはずなのに、それがあたかも本当に起きそうで起きちゃうからややこしい。


もったいない。良い映画ではあるけど、自分がやりたいことではあるけど、これではダメなんだよなあ。もっとポップにならないものか、同じ主題で、同じ演出で、同じ脚本の構造で。

きっとなにか手はあるはずだ。きっと・・・

それを信じなかったらやってられない。
書いてて整理はついた。

オモチャにはオモチャの世界があり、人と同じ缶を生きているだけであり、隷属する、所有するという関係ではない、ということを提示するためには、オモチャの世界を成立させなければならない。
それをやったのが『『トイ・ストーリー』』で車やら飛行機やらヘリやらにも、ってのを成立させたのが『トランスフォーマー』ってことか。

そして、彼らにもまた世界がある、ということの説得力をもたせるためにCGが必用なんだ。

そうか、そういうことか。
そして、世界が構築できるまでのCGの発展はオモチャの方が先であり、車やらヘリやらはさらにそれから数年遅れることになる、なぜならば、各々のキャラクターの造形、動きが複雑であり精密でなければならなかった、ということか。


ふうん・・・

となると、だ、オモチャ、車と、きたら、次はあれか・・・

え〜 嫌だなあ、それだけは

見る前から、なにかちがうだろうという期待どおり、違った。
 『グエムル』の時も思ったけど、これが正しいCGを使った映画だと思う。
 でも、その違いがはっきりとわからない。
 かつて不可能だった技術的な補助としてのCGではなく、CGがきちんと物語や世界を構築する大きな柱のひとつとなっている、ということなんだけど。
 うまく言えない。
 『トランスフォーマー』というものを、アニメの時代から知っているし、オモチャも知っているし、子供達がどうやってそれで遊んでいたのかもしらないわけではない。
 この前、芝居をした時に若い役者の中には「『トランスフォーマー』ですよね」と、延々と固有名詞を出して当然の如く語り出す奴がいて、呆れ尊敬してしまったのだけど、でも、その彼の中の『トランスフォーマー』と今回の映画の『トランスフォーマー』は言うまでもないがまったく別物である。
 だが、ここからが問題で、まったく別物であるにもかかわらず、『トランスフォーマー』がこんなになっちゃった、という印象にならないような作品になっている。
 原作付きの場合、なにかの映画化の場合、あちゃー! というものがほとんどだけど、これはちがう。
 別の物だが、それでも『トランスフォーマー』であることをきちんと保ち、なおかつ、ある部分、越えている。
 
 まあ、この『トランスフォーマー』のキモは、機械は人間の道具ではなく、隷属するものではなく、彼らには彼らの世界があり、人類と共存する意志がある、という視点が貫かれていることが、子供心に気持ちが良い、という言い方があるとは思うんだけどね。
 でも、それは物語を作る上での、最低限の心構えであって、それを貫き通すことは並大抵のことではない、だから素敵だ、と、いうところまではわかる。

 でも、CGが映画をどんなふうに浸食しているのか、の問題はつきない。

 トーキーからサイレントになった時と同じ事が、ゆっくりと進行しているんだけど。

 CGに飽きた飽きたといっても、それ以前には戻れない。

 トーキーにはうんざりだ、と言った時に、サイレントには戻らない。
 5・1チャンネルへと移行する。
 それでも、まだ進化は続く。
 そういうものだ。
 
最近、パート2をパート2と言わなくなったねえ。
どうでもいいだけど。

もう『Xメン』やらなんやらとごっちゃになってて、誰が誰だったかとか、人間関係とか思い出す気にもなれなくなっている。
巨大な敵が出てくるんだけど、巨大すぎてわからないくらい。

CGもここまできたか。
わからないくらい大きなものが描けるなんて。

だから、どーした、の度合いがさらに深まった映画であった。

を見る。

今回、なんていうの『オトナ帝国』とか『カスカベボーイズ』みたいなのはないだろうと、思っていたら予想どおり、なにもなかった。

でも、感動はした。
なにか忘れているものが『クレシン』にはあるような気がする。

これでいいのに。
今日はオスカーの山川紗弥ちゃんと、初音ミクの藤田咲さん。

袖で見るというか聞くというかしながら、仕事。

で、途中でロビーに出て、モニターで音を聞きながら書き物。

今日、実はまた別のことを早朝ひとつ思いついたのでそれを忘れないうちに書き留めておくのに必死。


役者の中山が見に来ていたらしく、川崎の駅で姿を見かけた。

駅の反対側に行くのでてっきりソープ街へ向かうのかと後をつけたら、ただ煙草を吸いに行っただけだった。

お店の前までついていって「よお!」って声をかけようかと思っていたのに。

シャトールイとかだったら入れるくらいの現金は持っていたので、一緒についていって待合室で一緒になにげに隣で煙草ふかしてたらびっくりしただろうな。

でも、終演後だったから、一番短い50分のやつでないと、終電が間に合わないから、つまんなかったかもしれない。

まあ、そんな細かいことはいい。

結局、吉久達と駅で再会して、一緒に帰ることになる。

さて、人それぞれ、様々な形に仕上がっていく『ファンレターズ』。
我ながらおもしろい企画を考えたもんだ。

あと、三回。

のうち二回は行くつもり。

さっそくもらったチョコがこれだ

ちょこ


ゴールデンカードが入っているらしい。

でも、そのカードで招待されるとどうなるか知っているから嬉しいかと言われると、怖い、嫌だ、という気持ちの方が先に立つ。

だってまっ先にやられそうだもん。

一番先だと思うよ。

誰よりも。

あ、画像がぼけてるのとわからない人のために、これはあの『チャーリーとチョコレート工場』に出てきたチョコです。


近所にあるメイド喫茶の看板がこの前、昼間歩いていたら、バリバリと破がされていたので、潰れてしまったのかよぉぉ! と、哀しみのどん底にいたら、なんと、リニューアルオープンしていた。

 よかったあ。ってそれだけのことなんだけどね。

 近所にあるメイド喫茶が潰れるって、凹むじゃない?

 外にメニューの看板が出てたけど、メイドさんに連絡先を聞いたり、触ったりしないでください、って書いてあった。

 外の看板に書くこともなかろうに、それともよっぽど困っているのか?

 
思ったより安くあがったので、勢いでロングブーツを買ったら、なんとファスナーが履いて二回目で壊れた。
外で履いたら返品はききません、と買ったお店の人に言われ、自分で直すことにした。

ファスナー、ってどうやって直すの?

原稿(って文字の方ね)を書いていると、なんか曲をかけていたり、意味のない映像がテレビから流れていないと、物寂しいんだけど、同じ物ばかりだと、当然、あきてくる。

昨日は、久々に『イノセンス』を二回。

やはり、何回見ても「いつまでもデブと思ってませんよ」岡田さんが名付けた『Cgねぶた祭り』のところで手が止まって見とれてしまう。

『イノセンス』は私は映画だと思ってない。あれは『鳥獣戯画』の延長線上にある、絵巻物の最新版だと思っているんだけど、その今現在具現化できる最高のクオリティのシーンだなあ、と見る度に思う。

映画としてではなく、絵巻物としての最高傑作。

すばらしい。

そして、また、原稿用紙にシャーペンを走らせる(最近、手書きになってるから、またそれを打ち込まなきゃなんないんだよね、面倒だけど、でも周期があって、手書きで進むときと、ワープロを打ち続ける時の、大きなバイオリズムの波があるんです)


75歳かあ。
私の一番好きな映画『オールザットジャズ』の主演俳優。
ということはあれをやった時は45だったってことか。
今の私の歳だ。

あの役のようになりたい、と思い続けたこの30年弱。
なかなかああはいかないなあ。

近づくことはできたけど、あんなふうに酒をのむなと精神科医に止められちゃったしなあ。
現実はそんなものか。

亡くなる前にきっとあの『バイバイマイラブ』が頭よぎったろうなあ。

うらやましいかぎり、で、冥福をお祈り。

マンガである。
マンガの研究であり、漫画を描く事である。


冗談と思われるかもしれないけど本当のことだ。
かなり真剣にやっている。

一緒に住んでいるカノジョも最初は呆れていたが、やがてどうやら本気だとわかると、それなりにいろいろ気を遣ってくれるようになったし、冷静なアドバイスをしてくれるようにもなった。

マンガに流れたのはいろんなわけがある。

例えば、こんなこと。
私は今四十五だけど、子供の頃から読み始めた漫画というのは、手塚先生が開発、発明なさったコマ割りマンガ、というジャンルがあるんだけど、これはマンガに映画のカット割りを取り入れたと当時っはずいぶん騒がれたものだった。

それまでのマンガは『のらくろ』に代表される、フルショットの起承転結四コマ漫画で、なおかつ、基本は紙芝居だったのだ。

そして、手塚先生が開発なされた方法も、実は紙芝居の止まった画が並び、その画と画の間に起きたことを読者が想像する、というスタイルがとられていた。

画は基本的には、象徴的な一番わかりやすい形としての止まった記号だったのだ。
それが、大友克洋さん、そして鳥山明さんあたりがでてきてから、ひとつのコマが止まった画で華区、動いた画の連続へと変化していったと私は思っている。

それを中学、高校とリアルタイムで見てきているので、自然に一コマ一コマに躍動感がうまれてきていることに単純に興奮したものだった。

今でも、ジャンプ系、とくに最近読んでいるジャンプスクエアなんかは、アニメでいところの動画の一番、かっこいい画が、コマとして採用されているように思える。

それは悪いことではない。

だけども、動く画、というのを今度はハリウッドのCGになってくると、いくらでも、どのアングルでも構成し、画造りをすることが出来るから、はっきりいってk、紙芝居にからスタートした、私(だけかもしれないけど)の感覚としては、いったいこの長いワンカットのどこに注目すれば良いんだろう、って、心のどっかで思ってしまうのだ。

流れるような爽快感はある。
でも、それはジェットコースターの快感であって、映画のかいかんとは全く別の物である。

CGが多様される映画を見て、まったくなにも印象に残らなくなったのは、この印象に残る、この画をみてくれ、というものがないまま進んでいくから、画面が流れていくだけで、なにも胸のこらない。

それはまるで山手線の外を風景を見ているようで、目に入る、へんな看板、そして、動く広告にはそれぞれ「あ!」と思うんだけど、その広告がなんの広告なのか、確認する間もなく、電車は通り過ぎていく、あの感覚ににている。

画を丹念に積み重ねることによって意味が生まれる、間がうまれるというのが私にとって映画だった。
それがなくなりつつある。
キャストの顔が大写しになって、肩越しのカットが多くなって、その繰り返しはテレビであって映画ではない。
私の知っている映画は、画面に奥行きのある物だった。
画面の奥行きこそが、映画が持っている世界だった。
それがなくなってきている。

でも、こんなことを今現在、映画を作っていない人間がらあれこえ言ってもはじまらないもんで、どうしたものかと思った時に、自分の原点である、紙芝居の発展系であり、ひとつのスタイルと作った漫画のコマ割りと、その自由さに今はあこがれているということだ。

だから、しばらく漫画の話が続くと思う。
漫画の読み方が変わって来ちゃったから、この二ヶ月くらい。
まだ、日程、出演者その他が確定しているわけではない。

が、脚本を書き始めた。
今まで役者と会って書く、という方法をずっとやってきたのだけど、今回はそれをやめにして、脚本ありきで、すべての準備を進めていこうと思っている。
で、昨日と今日で35枚書いた。
普通の分量でいうと5分の1くらいだけど、コンセプトの確認や演技形態の模索
含めてすべて文章化し、スケッチも書き飛ばしているので、実際に脚本が端から書き上がりつつある、というのではない。


一本の新作を作るために、いったいどれくらいの試行錯誤が必用なんだろうか? と、思う。

自問自答、そして、信頼できる人々に今考えている極限のことを話してみるという時間がどれだけもてるのだろうか? ということだ。

そして、それを書き付けていき、文字というかテキストで思考の変遷を残していく、というこをを今回は試してみたい、と思ってる。

原作ありだけど、まだ原作の交渉にはいたっていない。
こちらの方向性がはっきりときまって、ある程度の形になりそうなところで、ほぼ、これでいきますが、いががでしょうか? とお伺いをたてるつもりだから、もしもその原作者の方が「jこれ全然違うもんじゃないですか」とおっしゃたら、そこでおじゃんである。

最初h、七、八人から多くても十二人くらいでと思っていたけどやっぱり二十人近いキャストが必用だ。
これもまたどうしようもないのかもしれない。

その作り方しかっできないのだから。

でも、だとしたら、もう一つ何かを手段を考えないと、これまでとなんら変わりない作り方になる。
その、もう一つを探さなければ。

しか聞いてない昨今。

なんでこんなにっていうくらい掛けっぱなしにしている。
この前、ライブの映像も見たけど、別に見たいわけじゃないし、流しっぱなしにしているからって、聞いているわけではないから、たぶんカラオケに言っても歌えないと思う。

去年、9月に一ヶ月芝居やっているときはアンジェラアキしか聞いてなかったけど、案の定、カラオケで歌詞を知ったくらいだ。

パソコンのキイを打つ自分のスピードのメトロノームのようになってくれるものが好ましいことはわかってるんだけどね。

でもmihimaru GTのボーカルの女の子ってすごい好みのかわいい子なんだよな。

名前、知らないんだけど。
大好き。

の本番が始まって、3月の半ばまで、ぽつぽつと不定期にやるから、稽古もまた、ぽつぽつと不定期に行われている。

昨日、昼、夜の二回、二組の稽古が行われた。

六人掛けのテーブルがある小さな会議室でも稽古ができるのがこの芝居のよいところで、本当に、八畳あるかないかくらいいのところで、出演者二名と、作・演出・見学とに左右というか前後というか、舞台と伽席に見立てた場所というかに別れて、頭から通していく。

会議用のテーブルがあるので、稽古を見ながら、私は別の仕事を原稿用紙に手書きしながら、ずっと聞いて、ときどき、意見を言ったりする。

昼は二時間で終わったけど、夜はちょっと詰めてやったら三時間みっちりかかった。
おかげで、二十三枚書けた。

でも、原稿用紙に書くともういっかいワープロに打ち込みなおす時間が必用でこれがやっかいだ。
でも、打ち込みながら一回推敲もできるので、単純で面倒な作業ってわけでもなく、きちんとした、これはこれで仕事なんだけどね。

でも、うちに帰ってすぐにそれを打ち込んじゃうと、推敲する頭になってないから、打ち込むのは二三日、のクールダウンの後ということになる。

『カズオ』というひとつの完成されたリーディングドラマを見たおかげで、朗読劇、あるいはリーディングドラマの可能性が自分の中でさらに広がった。
そこで、この稽古を見学するというのはとても有意義だった。

もっとこの手のもののやりかたってあるはずなのに、と、思う。

なんでみんなやらないんだろう?

作った人、絶対、『足好き』だよね。

ちゃんとわかってるもん、『足好き』が反応するポイントを。

あれはたまらんわ。

ヒールを撮るとなると、すぐピンヒールの極端なのとか、透けてるのとか、さ、奇抜なものばかりになるんだけど、女性の足が綺麗に見える適当な高さの踵のある靴って存在するんだよね。
それは本人のふくらはぎからの曲線に呼応するものでなければならないから、靴ありきじゃないんだよ。

そのあたりわかっている人が少ないよなあ。
私もよく言われるんだけどさ、言動に責任を持てって。
でも、その場でそういうこと言っちゃうことってあるしさ、間違った研究結果を基に、羊水が腐るって言って、波紋が広がって実際に信じてる人が現れて、大変なことになってるってわけでもないでしょう?

羊水腐ると思ってるの? みんな?
腐らないでしょ? 腐るわけないじゃない?

いーじゃない。その場をさ、ちょっと盛り上げようとして失敗しただけなんだから、謹慎とかしなくてもさ。

悪ふざけでもないことじゃない。
目くじら立てるなよ。こういうどうでもいいことが言いづらくなるじゃない。

泣かすなよ、そういうことで、バカなこと言っちゃうよ、時には。

もー!
てのも、いっつもここに入るパスワードを忘れてしまうからで、このパソコンにおけるパスワード地獄はなんとかならんものか?

そんなにパスワードって有効なものなの?

セキュリティとして。


もっと他にないのか?

まあ、パスワード思い出したからまた書き込むけどさ。

パスワードなあ・・ほんと、これ意味あんの?

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