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小説その2が10枚。あたしくノートを買い換えた。
こういうのがあると、なぜかやる気になるんだよね。
文具の力は侮れない。

そして、昨日から読み始めた『サウンドトラック』かなり良い描写がある。
映像化は不可能だろう。
興奮がある。

ここまでで力尽きる。
明日の風を待とう。
演劇も忘れることなく継続してやっております。

新作は今しばらくお待ちださい。

という本を読む。

むかし、つかこうへいさんの『娘に語る祖国』という無茶苦茶でなおかつ感動的な本があったけど、これはもっと真面目といっては、つかさんに失礼かもしれないけど、データ重視の読み物。

ラスト、どうもっていくのか、と思ったら、私が娘に書いてあげた本と同じような終わり方をしていた。

娘に父が書くものってのはやはりみんなこんなふうになるものなのか。

私が娘に書いたものは、出版しないで、娘の部屋にあるだけのものでいいと思っているので、この先も世に出ることはないとは思うんだけどね。
今日、カノジョが映画を観てきたとかで、もらってきてくれたもの。
予告編も見たという。

チラシの裏面に宮崎さんの声明文のようなものがあり、最後の数行に感動し、嫉妬を覚える。

チラシ下には『ポニョ』の歌の譜面と歌詞が載っていて、カノジョがその譜面を見ながら最後まで歌ってくれた。
この曲がまた何年もしないうちに子供の歌の定番になっていくのだろうね、という話をした。

譜面を見ながら歌える人って、すごいな、と思った。
私の秘書もなんなくできちゃう人なので、逆になんで自分だけできないんだろう、と、ちょっと取り残された感もある。
なんでかというと勉強してないからなんだけど。

今年の映画はかなりバリエーションにも富んでいるし、ラインナップを見ているだけで、勇気がわいてくる。
『櫻の園』を外されたのが悔やまれる。まあ、正月映画のアニメがあるから、と自分に言い聞かせる。
どっかでなにかやっていないと、鈍くなるからねえ。あのアニメがあってよかった。
というニュースを昼頃見た。
ようやく、という感じ。
被害者の方は眠れぬ夜が続いたであろうし、今も無念であろうと、胸中察するにも察しきれない気持ちかと思われます。
改めてご冥福を祈ると共に、あの事件から二十年近く生きさせてもらったことをいったいどう感じて居るんだろう、などと、まっとうな感覚で推し量ったところで、肩すかしを食う結果になるのは目に見えているから、やめておくけれども、あれはいったいなんだったんだろう。

宮崎勤は私と同じ年である。
その彼が今朝、死刑となった。
45だか6だかの人生が終わったわけである。

弁護団はまだ精神鑑定のやりなおしをと、言っていたらしい。
ひとつ、なされなければならないことが、行われたと思っている。
だが、これで片付いたわけではない。

終わったわけでもない。

女の子を殺しやがって。
そして、その家族を得体の知れない恐怖と絶望の底に落としやがって
オタクということばに悪いイメージをつけやがって

死んだからといって、許したわけではないからな

そして、それが今日の話か。
長いこと生かせておくものなんだな。
殺された子達に朝やはやってこないというのに、ずいぶんじゃないか、こんなに長生きするなんて。

なにかおかしいと思うよ。
なんだこれは、こんなのだったのか。
ワンシーン観ただけで、ああ、これはもう絶望的だと思ってたら、最後まで期待を裏切ることなく、絶望的だった。

おいおい。なんでみんなで一丸となってこんなの作ってるんだよ。
なに歌ってるんだよ、ジョニーデップ。

成熟したと思ってみるべきなのか。とにかくティムバートンでなければ作り出せない無茶苦茶な世界。
そして、世界の描写は『フランケンウイニー』の頃から実は何一つ変わっちゃいないっていうのも驚きだ。

小説脱稿から一夜明け、今日から映画。17枚のエスキースを書く。
まだ具体的にどうということではないけど、徐々に頭を今度は映画へと切り替えていかないと。

実写の『ホタルの墓』が出来てしまった。
批判できないものって一番やっかいだ。

小説の文字数がわかった。19万8172文字だったらしい。
どんだけ打ったんだ。
はい、と打つのにHとAとIと打っているから、普通に考えても最低40万回以上打っていることになる。
キイボードが一つ壊れるわけだ。
二台目のキイボードも最近、すり減ってつるつると光っているところがある。
小説だけじゃないからなあ、去年、芝居十本と映画の脚本二つと、こういう雑文を間に打ってるからなおさらだ。

キイボードも家電だからね。


わけで、小説その1、一段落。612枚。

これでその2に着手できる。
プリントアウトしたものが部屋の中に溢れかえっているのと、コーヒーやらなんやらのマグカップ、コンビニ弁当のカラなんかが手の届く範囲に綺麗に散乱している。
これを明日、片付けて気持ちを入れ替えてまたカタカタ打とう。
今日一日でいったい何枚打ったんだろう、だいたい最期の方になってくると、推敲が混じってくるから純粋に「ああ、今日は何枚書いたぞ」という成果にならないから、余計に不安になり、ストレスになる。
進んでいるのかがわかる頃はまだ四十枚書いてもまだ楽だったりするんだよね。

今日、『蹴りたい背中』を息抜きに呼んだ。
そうか、こうなっているのか、と思った。奥付を見たら200刷って書いてあった。
冗談かと思ったけど、そんなに刷ったんだ。
へえ、と思う。と同時に「これは映画にはならんなあ」と思う。
「インストール」も映画は見たけど、原作ってどうなってたんだろう?

『救命センター36時間』という本も読み始める。

あと『スイニートッド』を借りてくることに成功。明日、見よう。

家のトイレには二枚『チョコレート工場』のポスターが貼ってあるし、今、仕事をしているほぼ寝室のドアにも『チョコレート工場』のポスターが張ってある。

ほらほら、急がないと、ジョニーデップとあの監督は次の作品を作っちゃったじゃないか、と、自分を叱咤したりする。

明日、ちょっとした肉体労働をする予定。本当はくたびれ果てるくらいの肉体労働を二、三日やりたいところ。頭をからっぽにしたい。

映画もやらないと。
このブログには、私の文章なんかよりも猫のまぐろくんについて関心があるから見ているという方が実は多いことが最近わかってきまして、物書きとしては割と意見じみたことをまじめに書いていたりするのにとちょっと凹んだりしているわけですが、まあ、広告業界でも3Bなんてことをもうしまして、ビューティ(美人)ビースト(動物)ベイビー(赤ん坊)にはかなわない、と言われておりますから、いたしかたございませんでしょう。
 えっと、まぐろ君は元気です、今も側で、かまって、かまってとばかりににゃあにゃあ、ずっと泣き続けております。
 夕方、三回くらい空中に放り上げて三回転させてあげたりとかして遊んで上げたりしたのですが、まだまだ欲求不満のようで、寝転がって顔をこちらにむけて、けだるげに、あそんで、ー、あそんでー、とないております。(たぶんそうだと思う、もしかしたら、全く別のことを要求しているのかもしれないけど)。
 というわけでまぐろ君は元気です。
 写真も撮ってはいるんですが、依然としてデジカメとPCをつなぐコードがどっか行ってでてこないんです。
 コードとリモコンを探しているうちに人生が終わってしまうのではないかと思えるほど、リモコンとコードはなくなりやすいものですね。
 なんなんでしょうね。


 そして、秋葉原です。
 ダガーナイフだったんですね。
 ダガーナイフってRPGの中でしか聞いたことがなかったから、実在するものであるとか、実際に使える物を販売していて、それが簡単に手に入るというのがちょっと信じられないです。
 これでまたダガーナイフの扱いに関して何らかの規制をしたとしても、同じ事なんですよ、ってことを学習しましょう。
 
 そして、現在、会社が一番のストレスだったとかの発言があるようですが、そんなの会社はものすごい迷惑です。
 会社にそんな問題があるわけないじゃないですか。
 
 それから現場にいた方が、学校に行けなくなったり会社にいけなくなったりしているそうですが、少しこういった人に対しての保証なり、なんなりの制度はないものなんでしょうかね。

 昔、『衝動殺人 息子よ』という映画がありましたが、あれからなにか変わってるんで消か? あれも痛い映画でしたが、今も胸に残る良い映画でした、ありがとうございました。

 最近、聞いているのは『美姫丸GT』の新しいの(漢字で書くとこういう字だったんだって、かわいいし、ものすごい好みなんだよな、あのボーカル)それとYAHOOの音楽サイトで松田優作さんのCDが復刻されるとかで、今、ランダムに流れてるんでそれを聞きながら小説の本当のラストスパートに取りかかっております。松田優作さんの歌って、二、三枚、LPを借りてきて聞いていたことがあって、それは工藤栄一さんが撮った『ヨコハマBJブルース』っていう映画のサントラで、優作さんが歌っている歌が結構使われていたのが好きで聞いていたんだけど、いろんなまぐれが重なって実は、コンサートにも行ったことがあることも思い出した。生で歌っている松田優作さんを見たことがあったりするんですよ、私、十九くらいの時の話なんですけどね。

 去年のバレンタインから書き始めて、本当に丸々1年4ヶ月かかりましたが、ようやくゴールのテープが見えてきました。
 とにかく、明日中に脱稿して編集者の意見が聞ける状態にしようと思ってます。

 でないと、次に書いている(というか、今日も書いていた)小説に着手できないし、それが終わらないと、マンガに進めない。
 なんでこんなに時間がかかるんだろう、と、うんざりしながら、一行一行推敲しているところです。

 次に書いている小説がとにかく泣かせるもので、昨日、試しに冒頭をプリントアウトしてざっと流し読みしたら、不覚にも泣いてしまった。
 年取ったということか、いや、ここは一つ内容がいいからだ、と言い張るべきだろう。

秋葉原の事件、犯罪心理学者さんとかいっぱいでてくるんだけど、「ああ、そうなんだ」っていうコメントがまったくないんだよなあ。

それはそうなんだろうよ、見てればわかるよってことを言われてもなあ。
普段、なんの研究しているんだろうか。
不謹慎かもしれないけど、犯罪者に興味があって、とにかく尽きない好奇心で犯罪者を追いかけているひとって感じがしないんだよなあ。

一般的な意見ではかたがつかないんだってば。
そして、この手の事件はまた何年かしたら起きるでしょうね。

亡くなった方は大変気の毒だと思うけど、でも防ぎようがないのではないかと思う。
ただ、今回、きになっているのは例の3000件の書き込みがあったということ。
それと両親へカメラを向けたということ。両親の気持ちなんか聞いたって、なにもないにきまってるじゃない。育て方が悪くてどうにかなったもんでもないでしょうに。

両親をマスコミに引きずり出さなきゃなんない事件なんてほかにもいくらでもなるはずなのに、なんで今回なの?

そして、どこまでも差異をさぐるけども、具体的な差異がみつからないまま、今回も時が過ぎていくのだと思う。
差異がないからこそ、底知れぬ恐怖があるのだから。


宮崎さんの新作のコピーが解禁になった。さいごの『。』までがコピーなんだろう。
あるマスのレベルまでいくと、巷にあふれるコピーが世の中の動向にまで影響を与えかねないから、今回も慎重を期してのこれなんだと思う。

『もののけ』の『生きろ』にしても、ストレートによりストレートになっていく。
メッセージって、メッセージってなんですか、という質問が成り立っていたのに、これはもう、その質問の入り込む余地さえもないくらいの、ストレートなモノだ。

人はそこまで肯定してあげなければならないところまできているということなのか。

そして、『甲殻機動隊』がリニューアルされて、公開される。
庵野商法とか言われているし、押井さん自信も前作では思った色が出せなかったから、誤解して伝わっているから、というのがリメイクの理由らしい。
ちょっと、言っていることについてけない。まあ、見てからの判断ということになるだろうけど。

映画の準備が始まった。長い道のりになりそうな予感。
その前に、一年四ヶ月かかっている小説を今週中に是がひでも脱稿せねば。
毎日、頭の中では群集が好き勝手なことを言いちらかしていはいるが実生活で喋るのは猫とガールフレンドの一人と一匹だけである。

気が狂いそうになって、二時間おきに10分づつの休憩散歩。

でもまだおわらない。最後の三つの山のうち、二つまでは超すことができた。
あと一つを週末に越えられるのか?

滋賀県の高校生から長いメールがきたのでさっきまで、長い返事を書いていた。
こういうのも書けるうちにかいておかないと、もう時間が本当になくなってきたら、書きたくても書けないってことになる。

明日はコントの締め切りだ。だいたいできてるけどまだ打ってない。

そして、そろそろ劇団10X50KINGDOMの活動がはじまる。

入るが、なにぶんにも初体験なので、自分が今、どの部分で苦しんでいるのか、はたしてここに時間を使って良い物なのか、の見極めができないぶん、精神的に疲労する。

もっと効率のいい方法があるのではないか、とふといけない考えが浮かんでしまう。

効率を考えては物は作れないんだってば、と自分に言い聞かせながら、きわめてアナログな方法で600枚の原稿をひと文字ひと文字確認して、もっと的確な表現はないかと四苦八苦している最中。

同時に携帯小説で途中まで発表している物も書き続けている。

たぶん今、半分くらいだけど、途中からかなりの取材が必要になりそう、いつ、誰にどうやって取材を申し込むか、の算段をそろそろしなければ。

ふう。

死にそうになって今日でまる一ヶ月、ようやく、元の調子に戻ってきた。

胸が痛みますなあ。

被害に遭われた方、ご冥福を祈ります。
池田小から七年とのこと、あれから七年か、まだ。
そして、池田小の方が亡くなられた方が多かったんですね。
かわいそうに、これよりも飛散だったとは。

改めて、ご冥福をお祈りします。


明日のワイドショウ、で誰がなぜ秋葉原を選んだのか、というコメントを寄せるだろうけど、はたして、納得できる物があるものなのか?
 なぜ彼は秋葉原を目指したのだろうか


お世話になりました。
『キャプテンフューチャー』シリーズも『ジェイムスン教授』シリーズも『スミス』シリーズも。

もちろん、『スターウオーズ』のノベライズも。

なによりも『ポンキッキ』をありがとうございました。
『料理の鉄人』も大好きでした。

今年、私、デビュー20周年ですが、数々の仕事の中でも、ガチャピンとムックの台詞を書くことが出来たことが、五本の指に入るマイ自慢の仕事です。

おかげで休憩中のガチャピンの前歯に触らせてもらうこともできました(無断で、ですが)
ムックのプロペラにも触りました(同上)

御挨拶はできませんでしたが、昔、預かってもらっていた映画制作会社にいらっしゃったときに、一瞬だけ、ドアの隙間から、お姿を拝見しました。

「私のおなかはデススター」とおっしゃっていた実物を拝見し「確かに」と納得した覚えがあります。
どうか、宇宙の彼方で安らかにお休みください。
『SF英雄伝』と『キャベツ畑でつかまえて』が個人的にはベストです。

どんだけCGが発達しようが『ジェイムスン教授』だけは映画化の話になりませんね。

それでも「SFは画」ですからね。ずいぶん、本当に数多くのことを学ばせていただきました、
ありがとうございました。

いつか『キャプテンフューチャー』の『宇宙囚人船の反乱』を私なりに焼き直して、どっからも文句がでない形にまで崩してやりたいと思っております。
あれは、すばらしい。
そして、私がいうことではありませんが、元帥のお仕事がなかったら、『クラッシャージョウ』もなかったと思いますし、『ダーティペア』もなかったでしょう。

もしかしたら、『グイン』も、というと言い過ぎだと怒られるかもしれませんが。

とにかく、なにもかも、元帥のおおげで、楽しい高校、大学時代を過ごすことが出来ました。

本当にありがとうございました。

合掌。
を手に入れる。あずま先生ごめんなさい、ブックオフで買いました。
105円でした。
申し訳ございません。
と、思わずことわって、謝りたくなるような本。

そうとう安定剤も飲んでるんだなあ。大変だなあ。
そして、マンガを描くって本当にたいへんなことなんだなあ。と、痛感する。
それでも、まだ、こんな日常日記をマンガで描いているってのは、マンガを描くことがやめられないんだろうなあ、という、台風の目の中で日々生きている感じがひしひしと伝わってくる。

そして、ものすごい読書量。って、最近、本を読むという習慣がなくなってしまったから、そう思うだけなのかもしれない、昔は確かに読んでたんだよな、これくらい。

『妄想日記』をその昔、遥か昔に読んだ時に、一つのSFをひとコマでギャグにしていて、すごいなあ、いろんなものを読んで知ってる人なんだなあ、と、そこに感動したのだけれど、読書の習慣はまだ続いているようだった。

また『妄想日記』系のものを描いてくれないかな。
『ファイアーボール』の「起き上がり方をまちがえる」とか、今、思い返しても笑える。

鬱とのつきあいかたがわかった人の生き方がここにある。
現代版『ビーバップハイスクール』のハードなやつ。
どれくらい当たったのかわからないが、私でも血がたぎる部分があるし、見ていられる。
三池さんもどこまでも新境地を突き進んでいてこれまた頭が下がる。

話そのものは実はあってないようなものなのだけれど、今の時代、話に偏りすぎると携帯小説系のプロットですでに泣かせるものにマーケティング的にかたよってしまうので、こんなふうになにもないやんちゃな映画がもっとでてきてもいいのではないかと思う。
繋ぎもめちゃくちゃ、話も本当に小さなことを延々やっているにすぎないが、128分、まあ、見てしまう。
そして、合いからず三池さんの仕事の早いこと早いこと。

この前、『スキヤキジャンゴ』を観たばっかりだというのに、またこんな手のかかった大変なものを作って、知らん間に公開してDVDにしている。
恐るべし。
 
その熱意と意志の強さに圧倒される。
主義主張の良し悪しは別にしても、ここまで心血注いで、ワンカットワンカット慎重につくられていると、おのずと映画としての力をもつことになる。

繰り返すこの映画で語られている主義主張ははっっきり言ってよくわからないが、それを越えた映画的な豊かさがにじみ出ている。

日本の実写が追いつけないことこに到達しているなあ、と改めて感じる。

最近のDVDの冒頭についている予告編やら劇場の告知やらを見ていると、なにもかもが全部同じに見えてしまう。
若い女の子と男の子が、出会って、好きになって、突拍子もないことがおきて、涙を誘い、ということが、予告を見ているだけでもうおなかいっぱいになってしまい、それ以上の興味が持てない。

その間に、ハリウッドのメジャーではない作品の、こだわりを持った作りの画を見せられると、これが映画なんだけど、その間に挟まれる邦画なのか、テレビドラマなのか、Vシネなのかわからないかすかすの画を見せられ続けると、いっったい、どこからどこまでが一本の映画の予告編かかとかすらまでwからなくなる。

年を取ると若い女の子のアイドル系の区別が付かなくなると言うが、それはこっちの年の問題だけなんだろうか、みんな同じ顔にるのは、こちらだけの問題なのではないのではないだろうか、とさえ思う。
『鉄人』に関しては感情移入はできないが、心揺さぶられる部分は多々ある。

がんばって映画を作ろうと決意を新たにする次第である。

いいものを見せてもらった。

おそろしいほどの熱気、テンション、頭がさがる。
自分の表現を確立したという自信に満ちあふれている。

あとは小説書きを延々やっている。

去年力入れて書いていたものがほっぽらかしになっているのでなんとかせねえば、とにかく一日十枚でもかいていればいつかはおわるものなのだから、かけばいいのに、なんで、ちがうことをはじめちゃうかな。

今日もまた二件、別件がはいった、どちらも大仕事というわけではないけど、やらなければならない手順というものは存在するから、それをこなしていく日々。

もう一日何十枚書いているのか、自分でもわからなくなっている。

デスクトップにはりつけた鈴木史華の笑顔に救われる。
彼女以上のグラビアは未だあらわれないなあ。

最近、秋葉原で土日、一日六十からのグラビアアイドルのイベントが行われているという。

出版するのが平均千部ぐらいで、まあ、七掛け八掛けくらい売れれば御の字というのが実情らしい。
そして、その六十のイベントをハシゴしているファン達がいるという。
一枚四千円でお目当てのグラビアアイドルと同じ時間を共有できて、二枚買うと、ツーショットの写真もとらせてもらえるらしい。

普通のキャバに行って不機嫌なキャバ状が隣に来ることを思えば、格安のイベントだと思うのだけれど、どうだろうか、一度行ってみる必要があるのかもしれない。

来週あたり試してみようか。
グラビアアイドルのイメージビデオというのもまた微妙な立ち位置であることはまちがいないなあ。
どいういう人がどういうときに見るものなのだろう。

そして、これもまたいつまでつづくものなのだろう。
ほとんど人十代のお客さんがいないということだ。

二十代の男性は今、どこでなにをしているのだろうか。

ほしのあきクラスで三千とか言っていた。
ほしのあきで三千か、売り上げによって中身に掛けられる金変動するものだから、次第にじり貧になっていくのも目に見えている。

これもまた時間の問題のメディアなのかなあ。

なかなかアップできないマグロくんですが、最近、なんだか年をとってきました。
来月でうちに来て二年、七歳になります。

最初は二年経ってようやく慣れてきたのか、と、思っていたのですが、どうやら、警戒するとか攻撃してくるとか、といったことに対して、鈍くなったという感じなのです。
あとどれくらい一緒にいられるんだろうか、と、ふと思います。

何度も書くようですが、自分がまさか猫と暮らすとは思ってもいませんでした。
運命的なマグロくんとの出会いに感謝しております。です。
拝読しました。そうですか。
正直なところ、なんとなく、ずいぶん前から予感はしていたので、驚きはあまりありませんでした。
ああ、そうなんだ、という感じです。

私もここには書いてはいませんが、状況はあまり変わりません。
あえて言うことでもないから、書かないだけで、似たようなものです。

それと、横浜の関内に送っていただいた祝電、ありがとうございました。
お礼が遅くなってすみません、もう二十年前になりますね。

みなさまによろしくお伝え下さい。

神野浩昌

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